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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章
3/65

(3)建国祭②

 建国祭が始まった。

 久々に、町は大賑わいになった。

 見世物小屋や屋台やら、呼び声が通りに響いている。

 派手な衣装に身を包んだ外国人が、冷やかし半分覗いている。

 大人は忙しく立ち働き、子供らはここぞとばかり駆け回る。


 パースは、沙漠の真ん中に位置する。

 国民が『泉』と呼ぶオアシスは、貴重な水源。

 そのため、キャラバンが立ち寄る宿場町として栄えてきた。


「よそ者の方が国人(くにびと)より多いんじゃね」と笑う人もいるほどに。

 建国祭は、その最たるもの。外貨を稼ぐチャンスだった。


 しかし、今年は様相が違った。


 なにより、男手が少ない。

 国境警備に徴兵されていたからだ。

「でもさ、警備って必要なの? 先王の時はなかったよね」

 リシュの質問は、いつも鋭い。

 答えにくいことは無視するに限る。

 しかし、リシュは容赦なく核心をついて来る。

「月の指輪が王の命を守るから、王が国民を守ってくれるって、学校で習ったよね。指輪の魔法が無くなったのかな? それとも、指輪は偽物なのかな」


 それこそが、「偽王」の噂の根源だ。


 パオラの話を聞く前なら、もっと単純に考えて受け答えができた。

 しかし、今は無理だった。


『なんだか変じゃないかい』

 パオラの問いかけ。

 変なことは山ほどある。

 そのすべてが、王が偽王だとしたら解決する。

 でも、……。

(偽王になることが可能だと思えない)のだ。


 言い伝えでは、月の指輪は魔法の指輪。それを着けている者の命を守る。

 指輪を着けている限り、病気にかかることも怪我をすることもない。

 年老いて、寿命が尽きるまで健康に生きることができる。

 そして、指輪は、本人の意思で外す以外は外れることはない。

 唯一、寿命が尽きて死んだときは、他者が外すことができる。


 代々の王は、後継者が成人し、王としての務めが果たせると認められたら指輪を譲り、自分は隠居してきた。

 現王が言うように、先王が自害する前に外したのなら、王は偽王ではない。

 あるいは、先王が寿命で死んだとしたら、指輪を外せるから指輪は本物だ。


(どっちにせよ、先王が死んだってことは、指輪を外したってこと。なら、現王の指輪は本物で、他国の侵略を恐れる必要なんかないはず……)

 それに、もし、指輪が偽物だというなら、本物はどこにあるのだ?

(持ってる人がいたら、自分が王だって宣言するよね、きっと)


 思考を破ったのは、男の子の集団だった。

「ロッシュ。もうすぐ宣言の時間だよ。一緒に行こうよ」


 「宣言」とは、王がバルコニーに姿を現して建国を寿ぎ、建国祭の始まりを宣言し、同時に、王としての責任を果たすことを国民に誓うこと言う。

 その後、王宮ではパーティーが始まり、大広間では王家と賓客が、前庭では国人と旅の商人や祭り目当ての客が踊りを楽しむのだ。

 賓客には、隣国の大使だけでなく、この町を利用するキャラバンの隊長も呼ばれることが多く、パーティーは国の繁栄のための大切な儀式になっている。

 そして、若者にとっては、恋の花咲くチャンスであった。


「ロッシュ、俺と踊ろうよ」

「おっと、抜け駆け反対。踊るなら俺だよな」

「ヘタッピは引っ込んでろ。俺だよ、俺」

 ロッシュは、勘弁してと言うように、両手を振った。

「ごめん。今日はそんな気分じゃない」

 横からリシュが口をとがらせる。

「ナッシュがいないからって、ロッシュに手出ししたらボクが許さないよ」

 集まっていた男子は皆、大笑いして去って行った。


 ロッシュは、色白で目が大きく、はっきりした顔立ちの美人だ。姿勢がよく、体幹もしっかりしているため、長い手足が一層引き立って見えた。

 しゃれっ気はないので、黒く艶のある長い髪は、後ろで一つにまとめてある。

 しかも、勝ち気で口が悪く、運動面では男子と張り合っても負けることがなかった。

 そのためだろう、少し前まで男子からのお誘いなど皆無であった。


 ところが、去年あたりから、「建国の乙女みたいだ」と噂されることが多くなった。

 それと同時に、兄のナッシュが口うるさくなった。

「男の誘いに乗るんじゃないぞ」


 その兄は、朝から不在である。

 昨日の夜遅く、国境警備に駆り出されていた父が宿舎に戻って来ないと連絡があったのだ。


 東西二つの門は、昔から警備が置かれていた。いわゆる「門番」だ。

 それに対し、新たに設けられた「巡回」は、周囲に怪しい奴がいないか見て回るのが仕事だ。

 警備は二週間交代で、これまで何も起こらなかった。

 父も三度目の徴兵で、誰も、何の心配もしていなかった。

 それなのに、……。


 これは、パオラが言っていた「何か大変なこと」の前兆なのか?


 王が、バルコニーに姿を現した。

 ロッシュとリシュは、人垣の後ろの方でそれを見ていた。

 すぐ前にいた、黒マントにフードを被った男が、隣の若者に尋ねた。

「偽王という噂は本当なのか?」

 平坦なイントネーションが、国人でないと告げていた。

「知るわきゃないだろ。こっちが知りたいくらいだ」

 問われた若者はちらっと隣を見て答えると、すぐバルコニーに目を戻した。


「確かめる方法はないのかい」

「さあねぇ」

「魔法の指輪を引き継いでいるから本物だ、ということだが」

「そうそう、本物」

 もういいだろう、と言いたげな口調だ。しかし、黒マントは引かない。

「では、指輪が偽物なら王も偽物、ということだな」

「きっとね。頼むから静かにしてくれよ。声が聞こえないだろう」


 ロッシュも同意見だった。

 先王はご高齢だったが、声に張りがあり、宣言は前庭の隅々まで聞こえてきた。

 しかし、現王は、ご病気かと思うほど勢いがない。


「なら、指輪が王の命を守るかどうか、確認してみよう」

 男がそう言って、右腕を上げた。

 そのあと、何が起こったか。後ろに立つロッシュからは見えなかった。


 落雷のような音がすぐ前で起こった。

 白い煙が、ゆったりと流れてきた。その匂いが鼻を衝く。

 音もなく、王が崩れ落ちた。


 何が起こったか分からず、聴衆は一瞬黙って佇んだ。


 静寂を割いて、バルコニーで騒ぎが起こった。

「医者だ、医者を呼べ」

「陛下、陛下、……。駄目だ、息がないぞ」

 家臣たちの叫び声が響き、一気に悲鳴が上がった。


 その後は何が何だか、パニックだった。

「指輪の伝説は嘘だったの?」

「そうじゃない、指輪が偽物だったんだ」

「偽王だ。噂は本当だった」

「じゃあ、誰が国を守ってくれるの?」

 口々に叫びながら、一斉に城を出ようとする。


 その波にもまれながら、ロッシュは黒マントを目で追った。

 黒いフードが、人波に見え隠れしながら、流れに逆らってどんどん離れて行く。

 向かう先には王宮がある。

(行かせちゃダメだ。止めないと)


 見たことも聞いたこともない武器で殺したに違いない。

 誰も知らない武器だから、殺されたという考えが人々の頭に浮かんでこなかったのかもしれない。犯人を捕まえろと叫ぶ声はなかった。

(でも、あの男が何かしたに違いない)


「ローッシュー」

 我に返って振り向くと、必死に手を伸ばしているリシュがいた。それをつかんで引き寄せる。

(そうだ。この子を守らなくちゃ)

 そのまま流れに身を任せ、城から出た。

 人々は四散し、家路を急ぐ。祭りどころじゃない。


『何か大変なことが起こったとき、おまえは、真の王女として、どうする?』


 パオラの言葉が思い出されて、痛い。


 ロッシュは、長い指をぎゅっと握りしめた。


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