表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/65

(28)記録③

 リシュは、一冊の本を手にしていた。

 厚みはさほどでもないが、きちんと表紙をつけて装丁されている。

 タイトルはなく、物語かと思って読み始めた。



『何万年もの昔、世界は大干ばつに襲われた。


 最初は、ただの長い日照りだった。

 日照りが終わると雨が降る。たった一日だけ、大量に降る。その繰り返し。

 だんだん日照りの間隔が長くなって、その分降る雨の量は増えた。


 暑さを逃れるために森に逃げ込んだ人もいた。

 山はまだ生きていて、木々は水を蓄えている。

 獣を狩り、木の実やキノコを採って命を繋いだ。


 ある時、日照りが一年も続き、植物は枯れ果てた。

 山に湧き上がる雲も、雨を降らさず雷を落とした。

 稲妻は火をおこし、あっという間に燃え広がった。


 人も獣も、我先に逃げ出した。

 山は丸焼けになり、命からがら逃げおおせた人も、住処を失った。

 彼らは水を求め、川や湖を目指した。


 そして、待ち望んだ雨が、一気に降った。

 その凄まじさは、すべてのものを叩きつけ、濁流に巻き込み押し流してしまった。


 雨の降らない日々と、自然に起こる山火事と、叩きつける大雨が繰り返された。

 人が住める場所は、どんどん減っていった。


 川に逃げた人々は、暑さを逃れるため水に入った。

 一日を水の中で過ごし、夜、(おか)に上がって眠る。

 魚や小エビを取って命を繋いだ。


 しかし、川はどんどんやせ細り、多くの人を養えなくなった。

 追い詰められた人々は、河口まで逃げた。


 どれだけ日照りが続いても、さすがに海は枯れなかった。

 川の水と海の水が交わるところで暮らすうち、体は変化していった。


 指の間には水かきができた。

 足はどんどん短くなり、尾びれになった。

 ついには、水の中を魚よりも速く泳ぐ力を手に入れた。


 そうして彼らは、海の民、人魚族と呼ばれるようになった。


 湖に逃げた人々は、小さな岩穴を見つけた。

 穴は涼しく、過ごしやすかった。

 しかし、一族の全員が入るには小さすぎた。


 そこで、自分たちで穴を掘ることにした。

 穴をどんどん掘り進み、横穴に部屋をこしらえる。

 そうして、地下での暮らしが始まった。


 困ったのは、食料だった。

 動物も植物も人以上に死に絶え、なかなか手に入らない。


 そんな中、植物を育てることを思いついた人がいた。

 種を取り、土に植え、育った実を食べる。

 日照りに強い種類を探し、それを大切に育てていく。


 涼しい時間に植物の世話をし、暑い昼間は地面の下で休む。

 体が小さいほうが穴の中で過ごしやすく、水も食料も少量で済む。

 そんなわけで、世代を重ねるにつれ、人々の体は小さくなっていった。


 いつしか彼らは、大地の民、小人族と呼ばれるようになった。』



「これは叙事詩か? でも、こんな伝説、聞いたことがない」

 リシュは、誰にともなく声に出していた。

 どこか、よその国で創られたものだろう。

 子供向けのおとぎ話にしては、面白みに欠けている。

 大人向けの読み物としては、もっと面白くない。


 誰が、何のために書き記したのか?

 手記ならば、表紙の裏や最初のページに署名があるものだ。

 しかし、この本にはなかった。

 ならば、裏表紙は?


 裏表紙の見返しにも何もなかった。

 しかし、一枚めくって、リシュは目を見張った。


『月の乙女より聞き書き  マウラ』


「じゃあ、これは、月の乙女がもともといた世界の話か?」

 俄然、興味がわいてきた。

 急ぎ、ページを戻る。



『内陸部に住む人々は、川も湖も枯れ果て、水を求めてさまよっていた。

 幾日も幾日も、水はどんどん少なくなり、奪い合う人さえ出てきた。


 そんな中、一人の少女が両手を合わせて天にお願いした。

「お水を下さい」と。

 そして、指先を合わせて円形を作った時、その中に蠢くものを見つけた。

「水?」


 人々の周りには、水がいっぱい漂っていた。

 これが取り出せたら、みんな助かるのに。

 どうやって取り出そうか?

 少女は呼びかけることにした。

「シャ・ラ」

 それは、太古の言葉で、水の意味。


 呼びかけられた水は、少女の手の中に集まった。

 円から吹き出す水に、周囲の人は驚いた。

「神の力だ」


 そうして、少女はその人たちの神として祀り上げられた。


 円の力は、使い手の気力による。

 少女はまだ小さく、たくさんの水を一気に出すことが難しかった。

 人々はうずうずしながらも、少女が回復するのを待つしかなかった。


 そうして旅を続けていると、ある日、一本の緑の葉を持つ木が見えた。

 人々は狂喜乱舞、緑目掛けて駆けて行った。


 そこは、小人の村だった。


 人々は、食料を分けて欲しいとお願いした。

 しかし、小人は、ダメだと言った。

「湖が枯れてしまって、自分たちもいつまで持つか分からない」と。


「水ならあります」

 少女が水を出すと、小人は驚き喜んだ。


 それから、小人と人々は、助け合って生活するようになった。


 少女が成人するころ、別の一族が現れた。

 その一族にも、同じように円の力を持つ青年がいた。

 二人は結婚し、生まれた子供も円の力を持っていた。

 しかも、その力は親を凌ぐものだった。


 それ以後、円の力を持つ者が生まれると、彼らは一つ所に集められた。

 彼らが集まると、雲を生み、雨を降らすことさえできた。


 雨は、枯れた湖を満たし、緑を育み、たくさんの命を生み出した。

 いつしか、大気は正常に循環するようになった。

 気候も安定し、季節の巡りが復活した。


 そうして人々は、彼らを大気の民、神族と呼び、崇めるようになった。』



 物語はそこで終わっていた。

 リシュは、ため息をつき本を閉じた。


 月の乙女の力は、きっと、この『円』という力なのだろう。


(それにしても、指先で円を作るって?)

 リシュは、左手の親指と人差し指で丸を作った。

 それをのぞいてみる。

 何も見えない。


「馬鹿々々しい。ただのおとぎ話だ」

 本を棚に戻し、部屋を出る。

 階段を上り、大広間に向かう。

 そこには、いつも月の乙女がいた。


 肖像画を見る度、ロッシュを思い出す。

(いったい、どこにいるのやら)

 生きていてくれと願いながら、肖像画を見つめ直す。


 背景にはロシュナーハの森と白い花。

 手のひらには、ロシュナーハの実。

 胸の前で丸められた左手の指。

 動いていた視線が、そこで止まった。


(この指……)

 肖像画に倣って、もう一度自分の指を丸めてみる。


 そして確信する。

(ロッシュの指と同じだ)


 もう一度全体を眺め、今出てきたばかりの地下室へと急ぎ戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ