(27)記録②
ラシードが去った後、リシュは改めて十三巻に手を伸ばした。
だいたいこの辺り、と見当をつけてからページを探す。
秋分の後の満月の翌日。
死亡の文字はなかった。
それを棚に戻し、次を取る。
同じく、秋分の後の満月の翌日。
『カルロ死亡』
死亡者がいたのは、十、十二、十四巻。
ならば次はと、十六巻を手にした。
同じく、秋分の後の満月の翌日。
死亡者はいない。
(偶然か……)
それでも諦めきれず、十八巻を手にする。
同じく、秋分の後の満月の翌日。
死亡者はいない。
ダメ押しでもう一冊、二十巻。
秋分の後の満月の翌日。
『アレッサ死亡』
「あった、……」
やはり、偶然じゃない。
棚に戻しながら、心を落ち着ける。
深呼吸したあと、次を取り出す。二十二冊目だ。
指が震えて上手くページをめくれない。
秋分の後の満月の翌日を探す、その指が止まった。
「えっ」
日付は秋分の日。
『王より発表あり
秋分の後の満月の日を建国祭と定める
その夜は王族のみで儀式を執り行うため、何人も泉に立ち入ることを禁ず』
震える指が、一枚ずつ丁寧にページをめくっていく。
何も見落とさぬように、読み進める。
(やっぱり、ボクの考えは正しかったんだ)
ロッシュを探す手がかりが一つ見つかった。
(けど、これはラシードには話さない方が良いに違いない)
なら、どうする?
(読み飛ばしたことにしよう)
記録を棚に戻すと、大あくびをする。
毛布にくるまりながら考える。
(今日はここまで。明日は飛ばした十一巻に戻って読み直そう)
次の日の朝、稽古が終わった後、ラシードが言った。
「夕べは、ずいぶん遅くまで調べていたようだが」
思わず、汗をぬぐう手を止めた。
「どうしてお分かりですか」
ラシードは、切っ先を斜め下に向けた。そこに、窓があった。
「明かりが灯っていた」
「なるほど。それで、その灯りをどこからご覧になったのですか」
リシュは振り返って、中庭を取り囲む壁を見回した。
真向いに、窓がある。
「あそこですか?」
「ああ。あそこが王の部屋だというので、使わせてもらっている」
「へえ。王の部屋か。興味がありますねぇ」
「興味があるなら遊びに来い。大したものはないが」
ラシードの話では、歴代の王は質素だったらしい。
しかし、偽王ジャコモは派手好きで、ごてごてと部屋を飾り付けてあったとか。
「必要ないので、全部取っ払った。今は何もない」
「ラシード様は、金品には興味ないと?」
「ないことはない。金はあるに越したことはない。ただ、上手に使うべきだ」
「なるほど。肝に銘じます」
「それより、夜更かしの件だ」
「訓練に障りがありましたか」
「誤魔化すな。何か発見があったのだろう」
「全然。二年後にも死亡者があったので気になったのです。でも、その後は何も無し。やはり、あなたの言うように読み飛ばしたらよかったと後悔しました」
「当たり前だろう。人が死ぬのに法則があったら世話がない」
「そうですね。時期が似ていたので……。ほら、病気が流行するとかあるじゃないですか」
「なら、もっと死ぬだろう」
リシュはおでこに手を当て、空を見た。
「まあ、浅はかでしたね」
記録室に戻ったリシュは、窓を見上げた。
室内からは外の様子はまるで分らない。
けれど、見上げるのと見下ろすのでは、見え方が変わる。
特に、夜。暗い場所から明るい室内はよく見える。
(やばいな。とっかえひっかえして見ていたがばれてるいかも)
まさか、そこまでは見えていないとは思うが、これからは用心した方が良い。
ラシードの内面は、全く見えない。
(今更カーテンをつけてもらうわけにもいかないしなぁ)
そう考えて、ふと思った。
カーテンは、わざとつけていないのかもしれない。
誰かがここに侵入したとしても、王の居室から丸見えになるように。
つまり、見られたくない何かが、ここには隠されている?
その二日後、朝の稽古の時、ラシードが一人の男を連れてきた。
「お久しぶりです。リシュ君」
「マルコさん」
「知っているのか、二人とも」
「はい。父の葬儀の際、お世話になりました」
「いえ、自分が離れたばかりにお父上が殺害されてしまって、本当にすまなかった」
「そうか。一緒に巡回していたという兵は、マルコだったのか」
ラシードには、父が亡くなったときの状況は詳しく話してある。
自分が殺したのではないと言うなら犯人を見つけてください、と。
その関係でマルコを連れてきたのかと思ったが、そうではなかったようだ。
「実は、私は今日からしばらくここを離れることになった」
「どちらへ行かれるのですか」
「前線だ」
サルヴァーン帝国は、パースの東に位置し、海岸沿いに広がる地域だけでなく、ラニューム海に散らばる島々や、海の向こうに広がる大陸の沿岸部にまで勢力を広めていた。
一方、ラシードの本国、ホラサーンは、パースの遥か西にある国だ。にもかかわらず、ラニューム海に面しているため、昔から帝国の脅威にさらされていたという。しかし、独立を保ち続け、近隣諸国から頼りにされてきたらしい。サルヴァーンに征服され、やむを得ず国を捨てた人々が逃げ込める場所でもあり、そうして集まった優秀な頭脳のお陰で、近年新しい武器を開発することに成功した。そして、今こそサルヴァーンに攻め入り、祖国を解放しよう、と旗揚げに至ったというわけだ。
少し前、ホラサーンの本隊は、海からサルヴァーン帝国を攻めた。沿岸沿いの国々を西から解放し続け、とうとう帝都の近くまで進行してきた。
当然、帝国は海岸の守りに主力を回す。つまり、背後はがら空き。
そこで、ラシード率いる軍が、沙漠を越え、背後から攻める。という作戦だ。
「戦は長引きそうですか?」
「いや。そうでもないだろう」
「どれくらいで戻って来られますか?」
「何だ。寂しいのか」
リシュは、大きく息をついて見せた。
「そんなはずないでしょう。ただ、聞いているだけです」
「一月、いや、二月もあれば戻って来れるだろう。その間、お前の世話はカシムに任せているので、何か不便なことがあれば言うと良い」
カシムはラシード直属の部下で、彼の留守中、指揮権を預かるという。
「それで、今日から剣の稽古はマルコに変わってもらうことにした。彼は、この国の兵の中で一番の使い手だ。しっかり仕込んでもらえ」
マルコは、リシュを見てにっこり笑った。
「ということで、よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
マルコの稽古は、ラシードに劣るものではなかった。
「もう少し、手加減して、いただけると、ありがたいの、ですが」
訓練後、息を切らしながらそう言うと、はっはっと声を立てて笑われた。
「くれぐれも手を抜くなと、ラシード様からのお達しだからな」
そして、意味ありげに付け加えた。
「それにしても、お二人は、随分と仲良しなんですね」
げんなりしたところに掛けられた言葉は、ちょっと嫌味っぽく感じられた。
マルコと別れ、その背中を見送る。
頬を撫でる風がいつもより冷たく感じられる。
秋はもうすぐ終わる。
ラシードが帰って来る頃は、冬だ。
突然、自分が寂しがっていることに気づき、愕然とした。
それを打ち消そうと首を振る。
(今日から読み放題だ。そうだ、カシムに言って、カーテンをつけてもらおう)
そして、無理やり微笑んだ。




