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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章

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26/65

(26)記録①

 リシュは、とりあえず、公文書から目を通すことにした。

 公文書は同じ書棚に年代順に並べられてあるから、探しやすい。

 一番端にある、埃に埋もれた背表紙を手に取る。


 最初のページに書かれていたのは『暦の制定』だった。


『一年を冬至、春分、夏至、秋分を境に四つに区切り、それぞれ三等分して一月とする

 冬至を新年、一月一日とする』


 パースは沙漠の国で、雨季と乾季はあるものの、一年を通して気候の変化に乏しい。

 だからこそ、太陽の動きだけが時の流れを感じさせてくれる。


 ページをめくり、思わず声を上げた。

「えっ。建国の日じゃないの?」

 最初の日付は、一月一日だった。

 新年のお祝いに誰が集まりどんな料理を食べたか、などが克明に記されている。


(普通、建国の日から書き始めるような気がするけど……)

 自分の感覚がおかしいのだろうか。

 自問自答しながら、ページを次々めくっていく。


 文書は記録目的のため、まず日付を記し、その日の出来事が克明に書かれている。日が変わればページも変わり、拙い文字だが丁寧に記されている。

 戸籍も兼ねているのか、『カルロとシモーネの長男ヴィット誕生』というようなことまで詳細に書かれている。

 にもかかわらず、月の乙女に関する記述がない。もちろん、指輪についても。


(そうだ、建国祭の日なら何か載っているはずだ)


 パラパラとめくり、建国祭のページを探す。

 秋分の後の最初の満月の日、だ。


 秋分の日は、すぐ分かった。

 日付の下には、月齢や天候も書かれているので、それを頼りに満月の日まで飛ばし読みする。

 けれど、目当てのページには、建国祭の一文字もなかった。


(えーと、つまりこれは、建国当時には建国祭はなかった、ってことだよね)

 ということは、後からできた祭りということだろう。

 それにしても、「建国の日」という言葉さえ見当たらないのは変ではないか?


 最後のページまで斜め読みしたが、とうとう「月の乙女」に関する記述は出てこなかった。

(まさか、月の乙女は存在しなかった?)

 そんなはずはなかろう。肖像画が残っているのだ。


 リシュは一冊目を閉じ、悶々とした思いをぶつけるように蝋燭を吹き消した。



 次の日の朝食後、迎えが来たので仕方なく部屋を出た。


 城の中庭で剣を持たされ、まずは構え方から。

 ラシードの指導は厳しかった。

 姿勢が悪いと剣の腹で叩かれる。

 相手にその気がなくても斬られそうで、怖いことこの上ない。


「良いか。強豪になれとは言わん。自分の身を守れるくらいにはなれ」

「ボクは体を使うより、頭を使う方が得意なんですが」

「減らず口はここでは不要だ。ほら、また腕が下がっている」

 容赦なく腕が叩かれる。


 ほんの二時間ほどだったが、今まで使ったことのない筋肉を使わされ、体が悲鳴を上げている。

「こんなに疲れては本が読めません」

「すぐに慣れる」

 ラシードはリシュの頭をポンと叩き、ついでに髪をくしゃくしゃにした。

「だから、子ども扱いは嫌だって」

「なら、早く大きくなれ。そして、強くなれ」



 二日目の練習の時、ちょっとしたハプニングがあった。

 剣を合わせていると、上空から鷹が急降下して、ラシードを襲撃したのだ。

「何だ、こいつ」

 ラシードは驚き、後ろに引く。そこにまた鷹が突っ込んでくる。

 リシュが叫ぶ。

「アビィ。止めろ」

 そう言って、左腕を突き出す。

 鷹はいったん舞い上がり、その腕に舞い降りた。


「お前のペットか?」

「そういうわけではないのですが。我が家は昔から鷹匠のようなこともしているので」

「サバクワタリか。見事な鷹だ」

「アビィ。ラシード様に挨拶しなさい」

 アビィは、羽を大きく広げ、威嚇するように啼いた。


「随分利口だな」

「はい。きっと上空から見て、ボクが危ないと思ったのでしょう」

「それで、助けに来たか」

「きっと。でも、もう大丈夫です。次からは邪魔をしません」

「そういうのが一羽あると便利だな。色々使えそうだ」

「残念ながら、ボクの一家の言うことしか聞きません」

「賢すぎるのも問題だな」

 そう笑った。



 三日目の夜のこと。

 夕食を食べていると、ラシードがやって来た。

 慌ててフォークを置き口元をぬぐおうとすると、ラシードは軽快に笑った。

「ああ、かまわないよ。そのまま食べていてくれ。俺もここで頂くから」

 その言葉が終わらぬうちに、食事を乗せた盆が運ばれてきた。


 向かい合ってフォークを動かしながら、ラシードが問う。

「それで、今日は何が分かった」

「何も、です」

 リシュは、愚痴るように話し始めた。


「公式記録を五年分、目を通しました。けれど、月の乙女も指輪も、一行も出てきません。それどころか、建国祭さえ行われていないんです」

「ほう」

「ボクの予想では、一冊目の最初に建国詩があって、縁起? って言うんですよね、学校で習うんですが、建国の理由とか由来とか、そんなものが書かれていると思ってたんです。それなのに、……」

「五冊読んでも出てこない、か」

 リシュは、黙ってうなずいた。


「まあ、五百冊あるんだ。気長に読んでいけ」

「そう言われても」

「三日で五冊。一年もあれば読み切れる」

 ラシードが笑う。

 その声に、リシュは一層、気が滅入るのを感じた。


「建国詩が載った本が早めに見つかることを祈るよ」

 ラシードはそう言って出て行った。

 リシュはため息をつきながら彼を見送った。



 一週間が過ぎた。

 毎日、記録に目を通す。

 内容は相変わらずだが、徐々に分厚くなってきた。


「さかのぼれば皆親戚」とこの国ではよく言われるが、実際、建国当初は驚くほど人口が少なかった。

 一冊目が書き始められたころは、十五人程度。しかも、半数以上が子供だ。

 記録の文字も大人のものではない、丁寧だが拙い。

 ただし、巻を追うごとに美しい、読みやすい文字へと変わっている。

(成長の証だなあ)


 その子供も、十年たてば成人する。

 交際範囲も広がって、活動内容も多くなる。

 結婚して子供が生まれたり、他国から移住者を迎えたり、そうして人口が増えてきた。

 それにつれ、記載事項が増え(なにしろ、戸籍を兼ねている)、ページ数が多くなる。

 そして、目を通すのに時間がかかるようになった。


 十冊目の後半で、とある一文に目を止めた。

『ヴィット死亡』

 人が亡くなったのは初めてだった。


 何となく気になり、十一冊目を開く。

 さっと目を通したが、死亡者はいなかった。

 次は、十二冊目。

 ところが、そこでまた、死亡者が出た。

『シモーネ死亡』

 その文字から後、筆跡が変わっているところを見ると、この記録を書いていた女性だったのだろう。

 記された名前が一つの仮説を生み出し、心を震わせる。


 十三冊目を取り出そうとした時だった。

「食事が冷めるぞ」

 いきなり声を掛けられ、はっと振り向く。

 自分の顔を見て、ラシードが驚いたように目を見開く。

「何かわかったのか? 顔が紅潮しているぞ」

(しまった)と思ったが、もう遅い。


 食卓を囲み、報告をする。

「分かったと言うか、単調だった記録に変化が見えたので、少し興奮しました」

「変化?」

「はい。昨日は人口増加についてお伝えしたと思いますが、今日は減少です」

 ラシードが、肉を口に放り込みながらうなずく。

「確かに、減少は初めてだ。死亡か?」

 リシュは、サラダをつつきながらうなずき返す。

「死因は?」

「それは記載されていませんでした。小さい子供なので、病気かもしれません」

「子供が死ぬのはよくあることだからなあ」


 ラシードは、パンをちぎりスープに浸す。

 それを見て、リシュは笑った。

「子供みたいですね」

 そして、上品ぶって、ちぎったパンにバターをつけ、口に入れた。

「子供に言われたくない。これが旨いんだ」

 ラシードはそう反論すると、拗ねたようにスープを飲み干した。


 次に、サラダに取りかかる。

「それで、死んだのは一人か」

「いえ。二年後にその母親が亡くなっています」

「子供を亡くしたショックかもしれないな。先王も王子を亡くして後を追ったというしな」

「あれは、近衛隊長が殺したって、暴いたのはラシード様でしょう。それとも、まさかあれ、嘘だったのですか」

 肉を切る手を止め、リシュがラシードを見つめる。

「まさか。事実だ。俺は正直者だからな」

「ボクも正直者ですよ」

 真意を探るように見つめあう。


 ラシードが先に頬を緩めた。

「おい、肉を残すなよ」

「ちゃんと食べますよ。残すとばあちゃんがうるさいんです」

「それなら良い。お前は線が細いから、しっかり食え」


 最後に、グラスの酒を一気に飲み干し、ラシードは聞いた。

「それで、その死亡は月の乙女や指輪に関係ありそうなのか」

「それは、どうでしょう」

 ハーブティーのカップで手のひらを温めながら、リシュは答えた。


「関係ないなら読み飛ばせ」

 そう言いながら、ラシードは席を立った。

 その背中に投げ返す。

「関係あるかどうか、分からないから飛ばせません」

 笑い声を残して、ラシードは階段を上って消えた。


(確かに、読み飛ばしたほうが良いかも。ただし……)

 飛ばすなら、他のページだ。


『死亡』の文字が記された日付は、二つとも違っている。

 しかし、共通点がある。


 秋分の後の満月の次の日。

 つまり、建国祭の翌日。



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