(16)建国祭後①
建国祭が終わった。
儀式が行われたかどうかは、誰も知らなかったし、気にする人もいなかった。
国民は皆、家にこもり、これから起こるであろう悪いことを思い描き震えていた。
そんな中、城からお触れが出された。
「パースの男は皆、今日の正午に城の前庭に集まるように」
朝から城の衛兵が、大声で触れて歩いてきた。何しろ小さな国だ。これで十分国民に知れ渡る。
リシュがナッシュを見上げた。
「これからどうなるのかな」
「それを発表してくれるんだろう」
「そう言えば、ロッシュは?」
「いや。今朝はまだ見ていない」
テーブルに朝食を並べながら、母親が言う。
「まだ寝てるんじゃないの。起こしてきてちょうだい」
祖母がポツンとつぶやいた。
「夜中に、出かけたようじゃ」
「はぁ?」
リシュは立ち上がると、祖母とロッシュが使っている部屋の扉を開けた。
冷えたベッドの上には、たたまれたパジャマだけが残っていた。
リシュは、思わず声を荒げた。
「どうして早く言ってくれなかったの」
「あんたがそんな声を出すとは、珍しいのう。心配せんでも、戻って来るじゃろう」
ナッシュも、祖母に同意した。
「あいつの無謀さは、今に始まったことじゃないだろう」
「でも、時が時だし、きっと何かあったんだよ。この間から変だったし」
「あいつはいつも変だろう」
「そうじゃなくて、何か悩んでるみたいだったよ」
気づかなかったのか、という目で、リシュは兄を見る。
「夜中、……」
リシュは考え込んだ。
「まさか、建国祭?」
「建国祭って、儀式のことか? あれは、王族しか入れないだろう」
「でも、今、王族って誰? 誰が儀式を仕切るの?」
みんな、答えに詰まった。
「ロッシュは、誰が行うのか見に行ったんじゃないかな」
「確かに、あいつならやりそうだ。てことは、今頃、泉のほとりで寝てるかも」
「それは、有り得る」
「探しに行っても正午には間に合うな」
「ボクも行くよ」
リシュとナッシュは、二人で泉に向かった。
泉は静かだった。
「おおい、ロッシュ」
「ローッシュー。いるかーい」
返事はない。
「誰も居ないようだな」
「寝るとしたら、どこだろう」
リシュは地面を観察するように歩いた。
草が倒れている。誰かが通った後に違いない。
導かれるように、後を辿る。
踏み後は、大岩の前まで続き、そこで途絶えていた。
大岩の前に立つ。門を覗き込む。手を伸ばして、門の向こうの岩に触れる。
(何もないよなぁ)
くぐって行ったということは考えられない。
(でも、足跡はこの前で終わってる)
後ろから、ナッシュの声がした。
「何かあるのか?」
「ううん。何もない」
(何もないから困ってる)
ここは、本来、王族しか立ち入れない場所だ。だから、この場所についての情報は、庶民は何も持っていない。
(きっと、ここに何かあるんだ。王族しか知らない魔法が……)
ロッシュはそこに取り込まれてしまったのかもしれない。
(なら、これ以上考えたって仕方ない。どうせ、ここに手掛かりはないだろう。あるとすれば……)
リシュは、泉の向こうに立つ城を見つめた。
正午前、国中のほとんどの男が城の前庭に集まった。
全員でないのは、体の不自由な老人たちは来なかったからだ。
「それにしても大層なこった。何を発表するのか知らないが」
ナッシュは、前庭を埋め尽くす黒い頭を見回した。背の高い彼は、黒い波から頭一つ抜けているので、後ろからでもバルコニーがよく見えた。
「こんなときだからね。みんなに一度に伝えた方が、正しく伝わると考えたんだよ、きっと」
「正しくか」
「うん。口伝えは尾ひれがつくからね。悪意がなくても、解釈に違いが出るかも知れない」
「なるほど」
ナッシュがうなずく姿を見て、リシュはそっとため息をついた。
正午の鐘がなった。
広場が一瞬で静かになる。
バルコニーに、一人の男が現れた。
「誰だ?」
「異国の服装だぞ」
さざ波のようにざわめきが広がる。
しかし、リシュに見えるのは、前に立つ男の背中だけだ。
「静まれ。大切な発表がある」
声を聴いて、リシュははっとした。
(黒マントの男だ)
それで間違いないことが、次の一言で証明された。
「ジャコモは私が殺した」
一瞬おいて、辺りが騒然となった。
「何だって。反逆者じゃないか」
「お前、余所者だろう。戦争吹っ掛けてきたのか」
等、等、みな、口々に騒ぎ立てる。
バーン。
大きな音が響いて、みなビクッと口を閉じた。
前に立っていた男が一歩引き、空間ができた。その隙間から、バルコニーが見えた。
男が、手にした何かを空に向けている。筒のような先からは、白い煙が立っている。
「静かに聞け。大切な話だと言っただろう」
それから、手にした筒を前庭に向けた。
「これは、ジャコモを殺した武器だ。銃という」
「銃?」
初めて見る武器に、静かなざわめきが起こる。
男が民衆を睨みつける。
「しゃべった奴は、ジャコモと同じように永遠に口を閉じてもらう。いいな」
その迫力に、皆は怯え、無言で首を振った。
「この国の王は、魔法の指輪を持っている。その指輪をはめている限り、他の人には殺すことができない。この国の伝説だ。間違いないな?」
無言でうなずく。
「その伝説が確かなら、なぜ、ジャコモは私に殺された?」
誰も答えない。けれど、答えは分かっていた。
「そう、お前たちも疑っていただろう。ジャコモは偽王ではないかと。
だから、私は確かめた。
そして、偽王だと証明できた。何か問題はあるか?」
(ない)
リシュは心で答えた。
「ジャコモが王になって、お前たちは幸せだったか?
税が上がり、警備兵として駆り出され、幸せになったか?
それなのに、偽王が倒れたことを喜ばないのか?」
「確かに」
誰かがつぶやき、慌てて口を押えた。
男はそちらをちらっと見たが、撃つことはなかった。
「だが、お前たちは思うだろう。それでは指輪はどうなったのだ、と」
そこで、男はバルコニーの扉に向かって合図した。
王の近衛兵が、一人の男を縛り上げて連れてきた。
その顔を見て、皆がまたざわついた。
「静まれ。皆も知っての通り、この男は元近衛隊長、今の大臣だ。
さあ、大臣。お前とジャコモが何をしたか、昨日私に話してくれたことをここで白状するんだ」
「ここで、ですか」
「そうだ。自分の罪を懺悔して、皆に許しを請うんだ」
「しかし……」
「正直に話せ」
大臣は観念したようにうなだれ、ぽつぽつ話し始めた。
気づいてくださった方もいらっしゃると思いますが、週が変わると話が変わります。今週は、リシュが主人公です。来週はロッシュに戻ります。しばらく、この二人の話が交互に進んでいきます。お付き合い、よろしくお願いします。




