(14)異邦人④
城に来て一週間が過ぎた。
その間、ロッシュは何もしていなかった。することがないからだ。
町に出してもらえたのはあの日一度切り。それ以後は、通訳の都合が悪いからと断られてばかり。
もしかしたら、小人に興味を示したのがまずかったのかもしれない。
サラが毎朝「今日のお召し物です」と持ってくる服を着るが、これがまあ、ひらひらだったりふわふわだったり、動きづらい服ばかり。おまけに刺繍やら装飾やらがごちゃごちゃ付いていて、汚したり引っ掛けたりしたらと気を使う。とは言え、服選びがサラの楽しみになっている様で、それを止めるのも忍びない。
サラは気の置けない人柄だったが、身分をわきまえていた。
掃除や食事の片づけを手伝おうとしようものなら、「私が皇太后さまに叱られます」と叱られる。
部屋には本のようなものもあったが、読む習慣がなかった。あっても文字が分からない。仕方なく、庭を散歩する。
することもなく一日を過ごすのは、ロッシュにとって拷問に等しかった。
いつしか、夜明け前に王が来て話をする、それが唯一の楽しみになっていた。
二度目に来た時、王は名前を明かしてくれた。
「私のことはハリシュと呼んでおくれ」
ロッシュは、思わず声を立てて笑ってしまった。
さすがの王もむっとして、厳しい声で咎められた。
「何が可笑しい」
「すみません。私の弟がリシュと言うのです。それで、彼を思い出してしまって」
正確には、彼との違いが可笑しかったのだが、そこは誤魔化す。
王は、すぐ興味を示した。
「どんな子だ」
「すごく頭が良いんです。十歳になったばかりなのに、大人でも気づかないことに気づいたり、大人びた口をきいたり」
「ふうん。私など、母上に気が利かないと叱られてばかりなのに」
「私もそうですよ。あの子が賢すぎるのです」
それから、ロッシュの家族の話を面白そうに聞いてくれた。
三度目に来た時は、年齢を知った。
「ロッシュは幾つになったんだい?」
「十五です」
「本当に? もっと大人かと思ったのに……。困ったなあ」
「何が困るんですか?」
「君があんまりきれいだから会いに来ていたのに、そんな子供だとは思わなくて」
自分より美しい男の人にそう言われ、思わずドキッとする。
「いやー。王様の方がおきれいですよ」
「王様じゃない。ハリシュ。そう呼ぶように言っただろう」
「あ。はい。ハリシュはお幾つですか」
「幾つに見える?」
「えーと、十代にも見えるけど、王様だし、二十五歳くらい?」
ロッシュは、多めに見積もった。若すぎる王は頼りないと思ったからだ。
しかし、答えを聞いてひっくり返りそうになった。
「もうすぐ四十五になる」
「噓でしょ。四十五って、私の父親より年上だよ」
思わず、ため口になる。
顔も若いけど、精神年齢も四十男とは思えない。
(うちの兄貴の方が、よっぽどしっかりしてる。大丈夫か、この国)
「えっ、でも、ちょっと待って。いったい、皇太后さまが幾つの時のお子様ですか?」
「ああ、四十とか言ってたかな」
「四十って、じゃあ、今……」
パニックで頭が働かない。念のため、指を折って数える。
「八十五……」
それは、その日一番の衝撃だった。
「どう見ても、五十手前ですよ」
「それは、きっと喜ぶよ。あの人は、若く美しいと言ってもらうのが一番好きだから」
次の日会った時、その秘密を明かしてくれた。
「母は、ターマなんだ」
「ターマ? 初めて聞きますが、何ですか」
「修行して手に入れる力だ。私も修行中だ」
「どんな力が手に入るのですか」
「いろいろ。何でもできるようになる。でも、一番素晴らしいのは、不老不死になることだ」
「ふ、不老不死って」
「だから、母はいつまでも若く美しい」
(そんな力が手に入ったら、素晴らしいじゃん)
俄然、興味が湧いて来る。
「ターマは、誰でもなれるのですか?」
「そういうわけではない」
王は指輪を抜くと、人差し指と親指で挟み、ロッシュの顔の前に持ってきた。
「覗いてみて」
言われるまま、指輪を覗き込む。
「何が見える?」
「えーと、夜明け前の空」
「他には? 何か動いていないかい?」
「雲?」
「他には?」
何か別の答えを期待しているように思え、一生懸命覗く。が、それらしきものはない。
「ごめんなさい。何も見えません」
王はため息をつくと、指輪を元通りはめた。
「ターマになれる人は、指輪をのぞくとエナジーの動きが見えるんだ」
「エナジー?」
「この世界を形作る生命の素のことだ。その動きを自由に操れるのがターマだ。見えなければ、操ることは出来ない」
「じゃあ、私にはその資質がないわけですね」
「残念ながら」
そして、その次の日は、ターマの力を見せてくれた。
「一番簡単な技だ」
そう言って、指輪をのぞきながらつぶやいた。
「シャ・ラ」
とたんに、指輪から水が溢れ出した。
「わ、わ、わ。これ、何ですか、これ」
「大気中の水を取り出したのさ」
「すごい。便利ですね。私の故郷は沙漠の真ん中にあるので、これを知ってたら最強ですね」
ロッシュがそう笑うと、王も満足気に笑った。
そして、六日目、王は、また新たな魔法を見せてくれた。
地面に握りこぶしぐらいの石を置き、それを指輪でのぞく。
「ク・ロッシュ」
石が粉々に砕け散った。
「す、すごい……」
ロッシュも驚いたが、王も自分の力に驚いた様子だった。
「ロッシュの名前が入っていたから使ってみたのだが、すごい破壊力だな」
「今まで使ったことはなかったのですか」
王はまぶたを伏せ、うなだれた。
「本当のことを言うとね、今まで一人で成功させたことはなかったのだよ」
それから、指輪をじっと見つめた。
「この指輪は母が作ってくれた。これを使って母の力を借りている。それでさえ、今までは上手く使うことができなかった」
しばらく、王は無言で指輪をもてあそんでいたが、急にロッシュに向き直ると、真剣な瞳で迫って来た。
「ロッシュ。物を砕くというのは、結構高度な技だ。初めてなのにうまくいった。きっと、そなたがいるからだ。そなたがいれば、成功する」
そして、甘い瞳と口調。
「ずっと傍に居てくれないかい」
思わず、うんと言いそうになるのを堪える。
「そ、それは……。私も国に帰りたいので」
「そうだね。でも、気が変わるかもしれない。私は待つよ」
そこまで言っておいて、七日目の今日、王は来なかったのだ。
「こんな退屈なところ、居てられっかよー」
逃げよう。
いや、言葉が悪い。外出しよう。
町に出かけたとき、門までの道筋は覚えた。
逃げ出すとすれば、いつ?
普通は夜だよな。でも、見つかったら言い訳できない。それに、城門は乗り越えるのが難しそうだし、夜は見張りが多いかもしれない。
なら、真っ昼間はどうだ?
城門は開いているかもしれないし、皇太后の使いだとか何とか言えば、誤魔化せるかもしれない。
よし、昼だ。
昼食後、さりげなくサラに聞く。
「そう言えば、私が着てきた服はどこにありますか?」
「ああ、あれでしたら処分いたしました」
「はぁ? 処分?」
「はい。皇太后さまがもう必要ないからと」
文字通り、開いた口が塞がらない。
(有り得ない……)
じゃあ、このひらひらのキラキラでずっと過ごせというのか。
(ああ、もう頭に来た)
ということで、その日の午後、脱出を決行した。
その日のお召し物は、薄い布を三枚重ね、ギャザーをたっぷり寄せてボリュームを出したひざ下丈のドレス(サラは「ジゼルのチュチュ」と言っていた)だった。くるっと回転するとスカートが広がり、夢のように美しいのだが、……。
(邪魔でしかない)
ドレスをたくし上げ、腰のところで縛る。ズロースがむき出しになるが仕方がない。(そのズロースも、ギャザーやレースでひらひらだ)
助走をつけ飛び上がると、柵の上部をしっかり握った。勢いのまま足をかけ、腕に力を入れて体を引き上げる。
忍び返しにスカートを引っ掛けないように気を付けて乗り越える。飛び降りたら、もう、自由だ。
結び目をほどき、スカートをひらつかせる。庭を抜け、城門に向かう。
途中、衛兵と目があったが、素知らぬ顔で通り過ぎた。衛兵も追ってこなかった。
城門が見えた。
衛兵がさっと槍を出してゆく手を遮る。
「お客人、どちらへ?」
「はい。皇太后さまのお使いで、市場まで」
「皇太后さまの?」
「はい」
「事実ですか」
「はい」
そう答えた直後、背後でドンという音が大地を響かせた。
嫌な予感に、恐る恐る振り返る。
「大嘘だね」
杖を手にした皇太后本人が立っていた。




