(108)復讐③
リシュは目を開けたが、真っ暗で何も見えなかった。
(本当に、目を開けたのだろうか? それとも、死後の世界に来たのだろうか?)
そう疑うほど、暗く静かだった。
けれど、自分の隣では誰かが息をしていて、その温かみが伝わってくる。ということは、死んではいないのだろう。
「目覚めたのか」
フォンの声だ。姿は見えないし気配もないが、傍に居るようだ。
「ああ。どのくらい眠っていたのかな?」
「おそらく、二日、かな? 実は私も眠ってしまったので、正確には分からないが」
「隣にいるのは、ロッシュかな?」
「そうだ。まだ眠っている。かなり力を使ったのだろう。使い過ぎは命にかかわるのと知っているはずなのに、無茶をして」
「大丈夫なのか?」
「今回は大丈夫だ。きちんと息をしているだろう」
「ああ、温かい」
そこで初めて、生きていることを実感した。
「ボクたち、無事だったんだね」
王太子の残虐な瞳を思い出すと、震えが来た。彼は、助かったのだろうか?
「あの、小さな人は無事なの?」
手にしたとき、血にまみれていたのを思い出す。
「カボか。無事とはいえんが、指輪が出血を止めているから、すぐに死ぬということはないだろう」
「そうだ、あの指輪。あれは、パースの王家の指輪と同じようなものですか?」
「ああ。同じものだ」
「凄い効き目ですね。ボクの病も治ってしまった」
「あれは、病というより、寄生虫だ」
「寄生虫って、サナダムシみたいな?」
「そうだ。リシュの肉を食っていたので、殺しておいた。もう大丈夫だろう」
「『バラの裁き』は寄生虫? じゃあ、あの露は、卵?」
そんな虫がこの世界にいるなんて、初耳だ。
いや、自分の知らないことは、世の中にはまだまだいっぱいあるのだ。
おごってはいけない。そうだよね、ばあちゃん。
「あなたやロッシュは、不思議な力が使えるのですね。カボも、ですか?」
「いや。彼は農夫だ。円使いでもターマでもない」
「円使い? ターマ? 何ですか、それ」
「ロッシュは円使いだ。指で円を作ってエナジーを動かす。私はターマだ。輪に力を閉じ込め、それを使う」
「指輪もそうですか?」
「そう。あれは私が作った」
「門の向こうには、そんな人がたくさんいるのですね」
「サラナーンに残るターマは、もう、老師一人だけだ。円使いと小人は誰もいない。もっとも、円使いは、この先生まれてくるかもしれないが」
「それでは、カボは、最後の小人ですか?」
「そうだ」
「それは、寂しいでしょうね」
「私は、寂しいということがよく分からないが、カボはロッシュの友達だから、こちらに来ることを選んだのだ」
「そうか、友達なんだ」
「ああ、いつも一緒だ。短気なロッシュを助けて、良いアドバイスを与えているようだ」
リシュは、思わず笑った。
「それで納得です。あの時聞いた声は、カボだったのですね。ロッシュにアドバイスかぁ。大変だったろうなあ」
「全くだ。逆上すると何をするか分からないからな。いつも彼が止めている」
「有難いことです。早く良くなるといいですね」
「ああ」
「そう言えば、ここはどこですか」
「城壁の外だ。休養が必要だと判断したので、土に潜って目くらましをかけた」
「そうか。じゃあ、もう少し眠っても大丈夫ですね」
「ああ。明日にはロッシュも目覚めるだろう。顔色が戻ってきているから」
(こんなに暗いのに、顔色が分かるんだ)
不思議な力だと改めて感心し、リシュは目を閉じた。
次に目が覚めた時、隣でロッシュの声がした。
「もう大丈夫だよ。リシュが起きたら逃げようよ」
「そうだな。周りに人の気配はないし……」
次の瞬間、眩しい光に目を閉じた。
「うわ。日の光って、こんなにきつかったっけ」
リシュは眼をしょぼつかせたが、ロッシュは平気なようだ。光の中に飛び出して行く。
「あれ? ここ、母さんが住んでる家じゃない?」
そう言って、フォンの髪の先を引っ張っている。
「そうだな。確かに、来た覚えがある」
「ボクは初めてだ。こんな小屋に住んでいるのか? 母は……」
その粗末さに、リシュはショックを受けた。
「そう、ティア様と一緒にね」
「知らなかった。宮殿内にいると聞いていたのに」
「あいつら、嘘つきばかりだ」
フォンが、家の中をのぞいた。
「今は誰もいませんよ」
「ホントだ。もぬけの殻だね。そう言えば、見張りの兵士もいないね」
「どういうことだろう」
「きっと、人質だ」
「え?」
「ボクらが王太子を殺したから、おびき出すための人質に取られたに違いない」
ロッシュが反論する。
「王太子を殺したとき、部屋にいたのはラシードだけだよ。そして、私らは人知れず逃げ出したから、殺したのはラシードって考えるんじゃないの、普通」
「そんなに甘くないよ。ボクらがいたことはみんな知っているし、ラシード様だって、そう証言するだろう」
「でも、私もリシュも縛られていた。どうやって殺したか、誰にも分からないよ」
「それ、ボクにも分からないんだけど」
ロッシュは、ふふっと笑った。
「酸素だよ。酸素が無くなったから死んだのさ」
「それ、どういうこと?」
「さあね。自分で考えたら?」
ロッシュはそれ以上言わなかったが、多分、説明するのが面倒なのだろう。
フォンが、ポツンと言う。
「私が牢から消えるところは、ラシードと牢番が見ていました」
「だから、化け物か」
ロッシュは笑い、リシュはうなずいた。
「なら、殺したのは化け物だ。それをおびき出す罠が張られるに違いない」
「誰が張るの? ラシード?」
「国王だよ。息子を殺されて怒らない人はいないだろう。とにかく、鍛冶屋に行こう。ナッシュが心配だ」
三人は、人目を避けるため、路地裏を走った。
しかし、どうしたことか、どの通りも人気はなかった。
それが、いっそう不安を掻き立てる。
そして、たどり着いた鍛冶屋にも、誰もいなかった。
作業場の扉は板で釘付けされ、その上に、張り紙があった。
『王太子殺害未遂の罪で、ロッシュ、リシュ、フォンの三名を指名手配する。
また、犯人をかくまった罪で、鍛冶屋の一家は全員処刑とする。
住民は一人残らず裁きの丘に集まり、その最期を見届けること。』
処刑の実行日を見て、リシュは青ざめた。
「今日だ……」
「だから、誰もいないんだ!」
「助けに行かなきゃ」
「罠だよ」
「そんなもの、かかると思う?」
ロッシュがせせら笑う。
確かに、この二人なら、家族を助け出せるかもしれない。
珍しく、フォンが問う。
「助け出した後はどうします?」
「そりゃあ、逃げるでしょ」
「家族を連れて?」
「分かった。馬を用意しよう」
「馬! 良いねぇ。じゃあ、三頭。私と母さん、フォンとナッシュ、リシュがハーラ、あれ、レイラが余っちゃう」
「大丈夫、ナッシュも乗れるから」
「じゃあ、四頭」
「よし、決まりだ」
「それじゃあ、ボクは兵舎に向かう。二人なら大丈夫だよね?」
「もちろん。リシュこそうまくやれよ」
ロッシュはそう笑い、「刀を取って来る」と、扉をク・ロッシュした。
家に入るロッシュを苦笑いで見送り、リシュは兵舎に向けて走った。
兵舎も誰もいなかった。おそらく、総出で裁きの丘の周辺を警護しているのだろう。
馬小屋に行く前に自室に立ち寄る。
目当ての品は、机の上に置かれたままだった。
包みを開き、出てきた銃に一発だけ弾を込め、試し撃ちする。
上々だ。
改めて、銃に弾を込める。その時、背後で物音がした。
振り返ると、銃口をこちらに向けたカシムが立っていた。




