(106)復讐①
暗い牢の中、ラシードはベッドに腰かけうなだれていた。
(一体、何が悪かったのだろう? 自分の計画は完璧だったはずだ)
ほんの数時間前まで、すべてが順調に進んでいたのだ。
(こんなところで果てるのか? 母との約束も果たせずに……)
歯ぎしりし、頭を掻きむしる。
あの時、床に倒れ伏す王太子に駆け寄り、王は彼の名を呼び続けた。しかし、反応はなかった。
立ち上がった王は、ラシードに詰め寄った。
「どうしてこんなことになったのだ?」
王の嘆きはもっともだが、理由を知りたいのはこっちの方だ。
「ロッシュとその一味の魔法使いの仕業です」
そうとしか、考えられない。
「どうして、そんな危険な人物をこの館に招いたのだ」
「それは、王太子が望んだのです」
「それがいかんのじゃ」
王は声を荒げた。
「良いか、真の忠臣とは、主君が間違った場合、命をかけても正さねばならんのだ。その覚悟がある者なのだ。お前はナフスの欲求を野放しにし、叶えてきた。だから、あの子は際限なく欲求を膨らますようになったのだ。たとえ、主君が望んでも、間違った欲求は退けねばならぬ。危険は遠ざけねばならなかったのだ」
「私は、王太子のためを思って……」
「いや、それは嘘だろう。お前が思っていたのは、いつも自分の理想だ。違うか?」
反論できなかった。その通りだったから。
口では同盟と言っていたが、心の内では、王太子は自分の傀儡だと笑っていた。ナフスの無邪気さを馬鹿にし、自分の方が上だと己惚れていた。
「お前が来てからだ。すべてお前が来てから起こっている。アリーが亡くなったのもジャミルが亡くなったのも、すべてお前のせいだ」
ラシードは慌てた。王が二人の件で自分を疑っていたとは、今まで思ったこともなかった。
「違います。事故です。病気です。私のせいなど……」
「ああ、その通りだ。アリーは病気でジャミルは事故だ。けれど、すべてお前が来てからだ。お前は、ホラサーンを滅ぼしに来たのか?」
王ににらまれ、また、言葉を失った。
「ナフスは素直なよく笑う子供だった。それがお前と出会ってからは、性格が変わってしまった。貪欲で、残酷で、何でも手に入れようとする。手に入らなければ壊してしまう。わしが注意しても聞かなくなった。だから、王位を譲るのをためらっていた。それでも、わしももう七十。先は長くないと腹をくくって譲ることにした。春にはあの子も父親になる、そうすれば少しは変わるかと期待して。それなのに、お前が殺したんだ」
「ま、まだ、死んではいませんが……」
「同じことだ」
王に一括され、口を閉ざした。
「あんな状態で、生きていると言えるのか?」
王太子は、とりあえず一命を取り止めた。心臓は動き、呼吸をしている。しかし、視線は宙を彷徨い、声をかけても反応しない。もちろん、自ら動くことはない。
そして今、足枷をつけられ、リシュのいた場所にいる。
王は、「ここから先は、わしが指揮を執る。お前は自分の番が来るまで、牢の中で待っておれ」と言った。
おそらく、家族を人質にしてロッシュをおびき寄せ、殺すつもりだろう。自分の番は、その次だ。
だが、王の望むように事が運ぶとは思えなかった。
自分の計画がどこで狂ったのか、振り返って出た答えは「ロッシュ」だ。
(ならば、逃げだすチャンスはきっとある。このままで終わってたまるか)
ラシードは座ったまま、握り締めた拳を何度も上下させ、ベッドを殴り続けた。
そして、三日目の午後、動きがあった。
足音が近づいて来る。牢番の重く、ガサツな音ではない。もっと軽やかで柔らかな、聞き覚えのある音。
「カシム?」
ベッドから立ち上がり、扉に駆け寄る。鉄格子の向こうに、カシムの姿が現れた。
ガシャガシャと鍵を選る音に続いて扉が開いた。
「もっと早く来たかったけれど、見張りが厳しくて近寄れなかったんだ」
「こんなことをして大丈夫なのか?」
「関係ないよ。一蓮托生の仲だろう」
言いながら、足枷の鍵を回す。
「巻き込んでしまって、すまない」
「謝るなんて、らしくないよ。それより、これ」
そう言って、剣と銃を渡された。
「よく持ち出せたな」
剣を携え、銃弾を確認する。六発、きちんと装填されている。
「今日は、公開処刑の日だから、全員総出で刑場の周りを見張ってるよ。兵舎は空っぽ。楽勝さ」
「公開処刑? ロッシュが捕まったのか?」
カシムは首を横に振る。
「彼女の家族だ」
「囮か」
「そう。助けに来ればそこを捕まえる。来なければそのまま処刑する。そんなところでしょう」
思った通りだ。
「来るかな」
「来るでしょう。彼女は」
「そうだな」
「どうします? 彼女を捕らえて無実を証明しますか?」
「もう、どうでも良い」
「なら、この隙に逃げますか?」
「ああ。そっちの方が得策だ」
「じゃあ、急ぎましょう」
廊下を小走りしながら、ふと、問う。
「そう言えば、ここの警備は?」
「言っただろ。全員総出って。警備は牢番一人だったよ」
「で、奴をどうやって懐柔したんだ?」
気弱な、見掛け倒しのいかつい顔を思い出す。
カシムはクスッと笑うと、入り口近く、彼の部屋の扉を開けた。
椅子に座った牢番が、テーブルに突っ伏している。テーブルの上には、焼き菓子を乗せた皿とティーカップが並んでいる。
「殺したのか?」
「まさか。眠ってるだけさ」
「相変わらずだな」
「薬は僕の専門さ」
外に出ると、久しぶりの陽光が眼を射る。その眩しさに、思わず目を閉じ、顔を覆う。
「どちらに向かいますか」
「もちろん、海だが……」
海は国土の南に位置している。今いる場所は宮殿の北で、公開処刑の行われる裁きの丘は南西だ。
ロッシュはどこから来るか分からないから、丘の周辺だけでなく、広範囲に見張りを配置しているだろう。つまり、真っすぐ海に向かえば、警備兵に出くわす可能性がある。
「初めは東に向かって進んだ方が良いだろうな」
「そう言うと思ったよ。馬を、東の林に繋いでおいた。大回りして南に向かいましょう」
「よし」
カシムが馬を繋いだという林を目指し、急ぐ。
牢の裏手に、水路がある。橋を渡り、水路沿いに進むと林が見えてきた。そこで、道を離れ、林に踏み入る。少し行くと、馬の鳴き声が聞こえてきた。
思わず、安堵の息をついた時、人影が現れた。
「リシュ!」
答えるように、右手が上がる。
手にした銃口が、真っ直ぐラシードに向けられた。
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