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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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103/107

(103)野望③

 二か月ぶりにナフスが帰って来た。

 ところが、どうもいつものような元気がない。


「どうしたんだ? 向こうで何かあったのかい?」

「うん。兄上の取り巻きに、『まだ生きていたのか』と言われて……。あいつら、私が死んだら良いと思ってたんだって、気づいたら悔しくて、虚しくて……」

 これにはアルも驚いた。

「そんなことを言う奴がいるのかい? ナフスの兄さんは何を考えてるんだ」

「兄上じゃないよ。その取り巻きだよ」

「にしてもさ……」


 ため息をつくナフスを見ていると、自分が家族を殺された時のことを思い出した。丁度、今のナフスと同じ年頃だった。

「嫌なことは全部、吐き出した方が楽になるぜ。話してくれよ。友達だろう」


 ぽつぽつと、ナフスの話が始まった。

「私の母は身分が低くてね、側室にしかなれなった。同じ息子でも、兄上とは身分が違いすぎる。だからかな、父上も、私にはあまり期待していないみたいだ……。まあ、これは、初めて気づいたことだけどね」

 小さい頃は気づかなかったことも、大きくなれば分かって来る。

「それは、寂しいね」

 ナフスは、小さくうなずいた。


「それにしても、ナフスの父親は、そんなに身分が高いのかい?」

「ああ。ホラサーンの王だ」

「嘘だろう? それなら、なぜ、こんなところにいるんだ?」

「王宮ってとこは、暗殺が多いんだ。私には兄上が二人いるが、本当はまだ二人いたらしい。でも、幼い頃に亡くなったって聞いてる」

「殺されたのか?」

「表向きは病死だけれど、毒殺じゃないかって噂があるようだ。母上が亡くなった理由だって、怪しいもんだ」

 それが本当だとすれば、王宮というのは大変な所だ。


「私が生まれて、やはり命を狙われることがあったらしい。けれど、母は身分が低くて後ろ盾になってくれる人がいない。それで、ここへ預けられたんだ。海にいれば、殺しに遭うことも無いだろうって」

「海賊は、信頼できるんだ」

「もとは海賊じゃないよ」


 船長はじめ、今回護衛について行った人たちは、もともとは母親の守護兵だったと言う。その中から、信頼が厚く、腕の立つ人材を選って、ナフスの護衛につけたらしい。そして、新しく造った船や大砲の性能を調べるという名目で、彼らを船に乗せた。そのうち、ラフィやバルのような奴隷上がりをはじめ、サルヴァーンに恨みを持つ者が集まって来て、海賊の真似事を始めたのだと。


「みんな賛成してくれたって聞いてたけど、本当は、私が海で死ぬのを待ってたんだよ」


(これは、チャンスかもしれない)

 ナフスを懐柔し、思うように操れるようになれば……。


 アルは誘いをかけた。

「悔しくないのですか」

「何がだ?」

「身分が低いからと、下にみられることです」

「嘆いたとて、どうしようもなかろう。それに、兄上は二人とも親切だ。私の身分が低いと言って差別したことなどない」

「うわべだけかもしれませんよ」

「アルは、案外疑い深いんだな」

「何しろ、人を信用したせいで、ひどい目に遭ってきましたから」

「背中のことかい?」

「そうです。身分の高い者たちは、低い者を人として扱いません」

「確かにそうだな。経典には、『人は皆、神の下に平等』と書かれていて、皆それを信仰していると言うけど、母は後宮でひどい差別に遭って亡くなった」


「それなら、そういう差別を禁じる法律を作ればよいのでは?」


「無理だよ。父上は、母上のことを知っていたのに止めもしなかった。兄上も自分の不利になるような法律は作らないだろう」

「そうではなくて、あなたが作るのですよ」

「私が? 王でもないのに?」

「だから、王になるんです」

「どうやって?」


「同盟を組みましょう」

「同盟? 誰と?」

「俺とですよ。俺がナフスを王にする。ナフスは俺のために法律を作る」

「ちょっと待てよ。どうやって王にするんだ? 兄上がいるのに」

「お二人が亡くなれば、ナフスに回ってきますよね」

「おいおい、物騒なことを言うな。そんなこと。考えるのも恐ろしい。反乱だよ、それは」

「でも、ナフスは狙われたんだろう? 兄が二人、殺されたんだろう?」

「それはそうだけれど……」

 ナフスが考え込む。心が揺らぎ始めている証拠だ。


「アルは、どんな法律を作って欲しいんだい?」

「まず、奴隷制度の廃止です。これは、あなたが望む、人は平等、差別はいけないに通じるものです」

「確かにそうだな。それは大切だ」

「次に、同性愛の解禁です」

「それは、できないだろう。神が禁じている」

「経典に記されているから?」

「いや。経典にはないが、……。そうだな、言われてみれば、変だな。どうしてだろう?」

 また、ナフスが考え込む。そこを畳みかける。


「ナフスは、同性愛についてどう思いますか?」

「私自身は女性の方が好きだが、他人のことはどうでも良い。アルは同性愛者なのか?」

「私も女性の方が好きです。ただ、友人がそうでした。そのため殺されて……。それでおかしいと思うようになったのです」

 シムカは生きているが、同情を引くためにはこれくらい言う方が良いだろう。


「そうだな。王になれば法律を作れるんだ」

 ナフスがその気になって来た。あと一押しだ。

「そうですよ。世の中を変えられるんですよ」

「なら、王になったら、アルのために、その二つの法律を作るよ」

「約束ですよ」

「ああ、約束だ。同盟だ」


 調子づいていた笑顔が、ふっと真顔に戻る。

「でも、どうやって兄上を殺すんだ?」

 都合の良い夢だけを見るのでなく、現実を見つめる、賢い子だ。

 しかし、夢だけ見てもらう方が、こちらにとっては都合がよい。


「バラもどきの毒を使うのはどうでしょう」

「バラもどき? 聞いたことがないな」

「そう、誰も知らない。だからばれないのです」


 そうして、バラもどきの良さを訴えた。

 つまり、即効性がないこと、そのため、何時、毒を盛られたか分からないこと。更に、病気という形を取るため、毒を盛られたということさえ気づかないこと、等だ。


「ただ、そのバラもどきは、ローゼン家が独占しています」

「ローゼン家? アルを奴隷にした奴かな?」

「はい。その時、その存在を知ったのです。奴らは、それを使ってのし上がったと」

「そうか。アルは、そいつらに復讐したいんだったな」

「はい」

「分かった。バラを頂いたら、その島を焼き払おう」

「そんなに簡単にはいかないでしょう。向こうの方が力が上です。とりあえず、一輪だけ盗みましょう」

「そうだな。気づかれたら終わりだ」


「それで、出発する前にお願いがあるのですが」

「何でも申せ」

「ありがとうございます。実は、少々お金を貸して欲しいのです」

 そして、娼婦を殺してしまったため借金ができたという話をした。

 ナフスは、お腹を抱えて笑い出した。

「そんなこと、もっと早く言ってくれれば、いくらでも出してあげたのに」


 それから、ナフスは「返す必要はないからね」と、申告より多めの金額を袋に入れてくれた。そして、ついでと言うように、ルビーのピアスを取り出した。

「これも持って行くと良い。身につけておけば無くすことも無い。困ったときは売り払って構わないから」

「そんな、本当に、よろしいのですか?」

「構わぬ。どうせ貰い物だ」

「それでは有難く」

 ナフスの自分への期待と信頼に、アルはほくそ笑んだ。



 嵐の夜を選んで、アルは一人、島に上陸した。

 館の内部はよく知らないが、シムカの部屋の位置は知っている。塀を乗り越え、窓を叩く。

 現れたシムカは、「アル」と小さく叫び、慌てて口を押えた。「どうして……」と続く言葉は、唇でふさぐ。


「バラもどきを一鉢、譲って欲しい」

「どうして」

「ナフスを王にするためだ。ホラサーンは同性愛を禁じている。しかし、彼が王になれば、その法律を廃止すると約束してくれた。そうすれば……、君を迎えることができる」

 そして、また口づけをする。


 シムカはしばらく考えていたが、「アルはここで待っていて」と、部屋を出た。

 戻って来て鉢を差し出すシムカの腕を、アルは捕まえた。

「一緒に来て欲しい」

「ダメだよ。前にも言っただろう。鉢を盗んでも、僕が言わなければバレることはない。でも、僕を盗めば、君はローゼン家を敵に回すことになる。それは、破滅への道だよ」

「そんなことはさせない。シムカ、君が必要なんだ」

 シムカはかなり迷ったが、とうとう首を縦に振った。


 沖で待つ帆船まで、二人で舟をこぐ。

 追手の来ぬ間に引き潮に乗り、ホラサーンに舞い戻ると、ナフスの待つ王宮まで一気に馬を進めた。

 バラもどきを見て、ナフスは狂喜乱舞した。


 アルは、シムカを奪ったことで、大いに満足していた。

 両親の愛を一身に受けて育ったシムカ。それなのに、彼は自分を選んだのだ。

 今頃あの夫婦はどんな顔をしているだろう。想像すると笑いが止まらない。

 しかし、この気持ちをシムカに気づかれないようにしなくては。


「この国では同性愛は極刑だ。くれぐれもばれないよう、言動には注意してくれ」


 その言葉で、シムカを飼い殺しにした。


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