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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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101/108

(101)野望①

 アルは、船を操り、外海に出た。波はさほど高くなかった。

 とりあえず海流に乗り、西に船を進める。

 どこへ向かおうか、海図を見つめ考える。


 この辺りは、まだローゼンの支配下だ。商船も通るとはいえ、奴の息がかかった船がほとんどだ。早く、遠くへ行く必要がある。

 故郷の島々は焼き尽くされ、今はサルヴァーンから移住してきた人が住んでいると聞いた。だから、そこへは行けない。行くとすれば、その更に西しかない。


 しかし、あまり悩む時間はなかった。

 すぐ、大きな帆船が近づいてきたからだ。

 マストに翻る旗は、ホラサーンのものだ。


 ホラサーンは、もともとは内陸の小国だった。しかし、北部には豊かな鉱山地帯が広がり、そこから産出する金属や、それを使った物づくりで国力を蓄えてきた。

 先王の時代には、その技術を軍備に活用し、投石器を改良したり、新しく大砲を作ったり、兵力を増強した。そして、南の穀倉地帯に侵攻し、念願の港を手に入れた。また、北方の脅威に備え、西方の国、イスハークと同盟を結んだ。

 現国王の統治下では、さらに技術開発に力を入れ、銃を製作した。また、大型のガレー船を造り、ラニューム海に進出してきた。

 それに危機感を抱いたサルヴァーンが、先手を打ってアルの故国を攻め滅ぼしたのだから、これも因縁だろう。


(ホラサーン……。ここなら)


 アルは、「おーい」と声を上げ、手を振った。気づいてくれるだろうか?


 船の速度が落ちてきた。アルの少し向こうで、緩やかに停止する。

 オールを使って、その傍まで進む。

 上から声が降って来た。

「嬢ちゃん。こんなところに一人で漕ぎだしたのかい? それとも、遭難かい?」

「遭難だ。お願いだ。助けてくれ」


 上からするすると縄梯子が垂れてきた。いかつい男が降りて来る。

 投げ落とされたロープを船首、船尾、マストと括りつける。

「まさか、船ごと引き上げるつもりか?」

「そんな、青くならないで。俺たちゃプロだよ。任せなさい」

 そう言われても、恐ろしい。アルは、帆柱にしがみついた。


 船はゆっくり引き上げられ、そのまま船体に括りつけられた。

「ほら、嬢ちゃん。手を出して」

 甲板にいた船員の手が差し出された。

 言われるままに手を伸ばす。

 船員はその腕をつかむと、そのままひょいと持ち上げた。すごい力だ。

「ようこそ。俺たちの海賊船へ」

「海賊船?」

「そう。嬢ちゃんは、今日の獲物第一号だよ」


 焦るアルを抱きかかえたまま、船員は見せびらかすようにぐるっと回った。

「見ろ。すげぇ美人だぜ」

「本当だ。こりゃあ、天の恵みだ」

「嬢ちゃん。俺たちと良いことしようか」


 答える間もなく、甲板に押し倒された。目の前に、髭面が迫っている。


「やめろ。俺は男だ」

「またまた、嘘言っちゃって。脱がせたら、すぐ分かるんだよ」

「やめろ。やめろ。やめてくれー」

 必死の抵抗も空しく、アルはドレスを剥ぎ取られた。


 数秒後、ドレスで背中を隠すアルを囲み、船員たちはあっけにとられたように顔を見合わせた。

「男だったな」

「ああ。びっくりだ。こんなにきれいなのに、男とは」

「男でもいいからやっちゃえば?」

「馬鹿か、お前。カラマ神の祟りがあるぞ」


 その時、幼い、少女のような声が響いた。

「そう。同性愛は、極刑だぞ」

 振り返ると、自分よりも年下の少年がこちらを見ていた。


「海賊船に、子供……」


「こらこら。ただの子供じゃないぞ。俺たちのお頭だ」

「そうだぞ。頭を下げろ」

 甲板にぐいぐい頭を押し付けられる。


「止めろよ。嫌がってるだろう」

 少年の声に、やっと手が放される。

 顔を上げると、少年が微笑みながら手を差し出した。

「ナフスだ。よろしくな」

 座ったまま、その手を握る。

「俺は、アルだ」


 ナフスはアルを立たせようとして、背中のやけどに気づいたようだ。

「アルは、もしかして、奴隷だったのか」

「触るな。同情なんかされたくない」

 ナフスは何も言わず手を離した。

 急いでドレスを着直す。


「逃げ出してきたのか? 女の格好をして」

「ああ。他に方法がなかった」

「これからどうするつもりだ?」

「決まってるだろ。復讐だ」

「どうやって?」

「力をつけて」


『強い者が正しい』

 そうだ。公爵の言葉は正しい。俺はあんたより強くなる。

 そう、こぶしを握り締める。


「それなら、一緒に海賊にならないか? 何しろ、周りはむさくるしいおっさんばかり。年の近い友人が欲しいと思っていたんだ」

「むさくるしいおっさんで悪かったですね」

「誰かこのガキんちょを海に放り込んでくれないか」

 笑い声がそれに答える。


 彼らは主従関係になるはずなのに、言葉遣いは対等だ。

 アルはその関係性が、気に入った。


「分かった。俺も仲間に入れてくれ」

「嬉しいよ」

 ナフスはそう笑い、アルの肩を叩いた。

「じゃあ、まず、服を着替えよう。もちろん、ドレスでいたいなら止めないが」

「冗談だろう」

「冗談抜きに、とてもよく似合っているから」

 ナフスは昔からの友人を迎えるように、アルを船室に導いた。


 服を着替えて甲板に出ると、待っていたのだろう、引き上げてくれた男が声をかけてきた。

「俺はラフィ。若者頭だ。よろしくな」

 差し出された手を、仕方なく握る。

「さっきは悪かったよ。お前、奴隷だったんだな」

 アルは、体が硬直するのを感じた。

「俺たちもそうだったのさ」

 隣にいたバルという男とラフィが、それぞれ背中を出した。焼き印を、焼き鏝で消した痕がある。自分の背中も、きっとこんなだろうと思うと、ぞっとした。

「他にもいるから気にするな」

「それより、下の印はどうする? 俺たちで消してやろうか?」

 優しい口調でそう言われると、涙がこぼれそうになった。それを堪える。

「ああ、頼むよ」

 それをきっかけに、アルは二人と親しくなった。


 船は、ホラサーンの商船を装っている。

 しかし、獲物となる商船を見つけると、旗を降ろし、海賊旗を掲げる。


「襲うのは、サルヴァーンの船だけだ。あそこの商人は、阿漕なことをして稼いでいるからな、良心の呵責が少ない」

 船長の言葉に、ナフスが笑う。

「良心? そんなもの、あったっけ?」

「全くだ。皆殺しの上、船は沈める。情け容赦ないくせに」

 船員が相槌を打つ。


「軍に目をつけられたりしないのかい?」

 ローゼンを思いながら問う。

「どうだろう。まだ、そういう噂は聞かないが」

「お頭がいないとき、遭ったことがありますよ。相手は一隻だったので、沈めちゃいました。大砲の性能はこちらが上なので、楽勝でしたよ」

「それに、うちらの方が足も速い。危険があれば逃げるが勝ちってな」


 アルは、勢い込んで聞いた。

「ローゼンより、武力で優っているのか?」

 ナフスが笑う。

「私の父は工学に力を入れていてね。優れた武器を持った方が有利だということを実践し、報告するのが私の役目さ」

「あっちは、質より量で来るからな。一対一なら負けないが、船団を迎え撃つには、まだ力不足かな」

「なら、こちらも船団を組めば」

「そりゃあ、勝ちますよ。ただ、船団を組むには、船が足りない」

「なにせ、うちはまだまだ新興国だからね。海を手に入れたのも、つい最近だ」

「そうか。そうだね」


 アルは気落ちしたが、すぐ、切り替えた。

「これから造ればいいんだ。もっと優れた船を」

「そうそう。そのためにも、金を稼がねば」

「金があれば、良い船が造れる」


 図ったように、マストから物見の声が降って来る。

「前方に船。サルヴァーンの商船だ」


「よし。稼ぎに行くぞ」

「おう!」

 船の速度が上がる。風が、頬に痛い。


 指示に従い、アルも配置についた。胸が躍る。


(見てろ。ローゼン)


 いつか来るその日に向けて、今は金を稼ごう。


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