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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章

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(10)処刑⑤

 アレッサの仕事は早かった。

 三人それぞれにロープを投げる。反対側は、既に馬とラクダに結ばれている。

 最初に抜け出せたのは、体の軽いヴィットだった。

 ラウルは大きい分、なかなか抜けず、ヴィットを引っ張り出したラクダを繋いで何とか引き出せた。

 問題はアトワンだった。両手を取られているため、ロープを自分で結べない。


「これ引っ張ったらどうかな」

 ヴィットが、足の鎖を外しながら言う。

「それ、いいんじゃないか」

「駄目よ。そんなことしたら、アトワンがひっくり返っちゃう」

「いや。アレッサ。試してみよう」


 アトワンにそう言われては、仕方ない。

 アレッサは渋々鎖を馬につなぐと、その背を撫でながら話しかけた。

「あんたの主人の命がかかってるんだよ。上手に引いとくれ」

 馬は、分かったと言うように首を振ると、前進した。


 予想通り、アトワンはひっくり返った。

 しかし、上手に仰向けに倒れたので、大の字になり、そのまま引きずり上げることができた。


「急ごう。きっとラウラが心配してる」

「ラウラも来てるのか」

 カロルが喜びの声を上げる。

「ああ。廃墟で待ってる」

「何で、そんな亡霊が出るところに一人で残すんだよ」

「おなかに赤ちゃんがいるんだよ。こんな暑いところで待ってられないよ」


 先回りしたアレッサは、三日、彼らが来るのを待ち続けたと言う。

「いつ来るか分からないからね。ラウラには日陰で休んでもらってるのさ」

「でも、どうしてオレたちがここに来るって分かったの?」

 ふふんと、アレッサは得意そうに笑った。

「フィリッポよ」

「フィリッポって、執政官の息子の?」

「その話は夕飯でも食べながらゆっくりしましょう」


 アレッサはそう言うと、馬に飛び乗った。

「ラクダに乗れる人は乗ってね。乗れない人は歩いてください」

「オレ、乗ってみたい」

 ヴィットが飛び乗る。

「馬より難しいかも」

 言いながらも、上手にバランスを取っている。

「相変わらず、何でもこなす子ね」


「私はアレッサと乗るよ。良いだろ?」

 アトワンの言葉に、アレッサは照れたようにそっぽを向いた。

「仕方ないわねぇ。泥をつけないでよ」

 笑いながら、アトワンはアレッサの後ろに乗ると、彼女の腰に手を回し、そのままぎゅっと抱きしめた。

「ありがとう」

 耳元でささやかれ、アレッサの頬が真っ赤になる。

 ラウルがヒューと口笛を鳴らした。


「っるっさいわね。さっさと乗りな」

「仕方ないなあ」とラウルはラクダにまたがる。「俺、乗ったことないんだよ」

「でも、早くしないと。ラウラが待ってるよ」

「そうだ、そうだ。俺も嫁さんをぎゅっとしに帰らにゃ」

「ラウル!」

 アレッサが怒鳴り、笑い声が闇に溶けていった。



 薪を囲み、簡単な食事を済ませる。

 一息ついたところで、アレッサの話が始まった。


「今度の件、全部あたしのせいなんだ」

「今度の件って?」

「だから、あんたたちが捕まえられたこと」

「はあ?」

 男三人、全く納得がいかない。


「違うわ。フィリッポよ」

 ラウラが口をはさむ。

「全部彼のせいよ。彼、アレッサに言い寄ってたの。随分前から」

 ラウラは何か堪える時のように、膝の上の手を握りしめた。

「あいつ、何をやってもアトワンに敵わないから、アレッサを奪い取りたかったのよ。だから、親の権力を使ったの」


「でも、あいつ、嫁さんいるだろ」

「だから、愛人として慰み者にするつもりだったのよ。そしたら、アトワンへの復讐になるでしょ」

「でも、親の権力って、具体的に何をしたの?」

 ヴィットの問いに、アトワンが答えた。

「告発か」

 女子二人がうなずく。


「あいつ、あんたたちが連れていかれてすぐ、ラウルん()へ来たの。三人はもう戻らないから、俺のところへ来いって」

「戻らない。そう言ったのか」

「そう。断定したよ。だから、理由を聞いたの。そしたら、政治犯だからって」


 普通の犯罪なら、取り調べがあって、両者の言い分を聞いて、裁判官が判決を下す。

 もちろん、それが正しいとは限らないが、泣き寝入りしても命と自由は保障される。


「でも、政治犯は違うって」

 政治犯の場合は、少しでも疑いがあれば闘技場に放り込まれる。

 そこで殺されてしまえば、やはり政治犯だったということになる。


「でも、勝っても戻ってきたやつはいないだろう?」

 フィリッポは、舌なめずりしながらそう言ったらしい。

「皇帝は必ず三つの選択肢を出すのさ。そして、どれを選んでも命と自由は保障されない」と。


「どれを選んでも……」

「そう。で、得意げにべらべらしゃべってくれたの。内訳を」

 そして、アレッサは確信したのだ。

 三人はきっと三つ目を選ぶ、と。


「で、活動開始よ」

「フィリッポのバカは、アレッサが絶望に陥って彼のもとに下ると思ったのね。でも、アレッサは、逆境に燃えるタイプでしょ。火を点けちゃったわけ」

 そう、ラウラは笑った。


 三つ目を選んだ場合、帝都の真西にある流砂に放り込まれることなど、必要な情報をすべて聞き出すとフィリッポを追い返した。

 それから、家の片づけはラウラに任せて、自分はアトワンの館に走った。

 実は、ラウラが嫁いできたのと入れ違いに、アレッサとヴィットは館に引っ越していた。


 屋敷では、孤児たちが心配そうに待っていた。

 アレッサは手短に話すと、家財道具の片づけを始めた。

「ごめんね。もう、みんなの面倒は見てあげられない。この館も没収されると思うし、みんなの身にも危険が及ぶかもしれない。だから、早めに住むところを見つけて欲しいの」


 孤児たちの反応は様々だった。小さい子は何が何だか分からず、ぽかんと口を開けていた。一方、大きい子たちは、口々に怒りや呪いの言葉を吐いていた。それでも、みんな大人しく荷物を片付け始めた。


 アレッサは、アトワンが大切にしているものから、持っていく物とそうでない物をより分けた。それから、孤児たちに、持っていかない物から好きなものを一つ選ばせた。形見分けのようで嫌だったが、他の人の手に渡るよりは、と思ったからだ。


 自分やヴィットの物も同じようにより分け、残りはすべて闇市で売りさばいた。

 家の中がすっきりした三日目の夕方、「明日、闘技場で試合が行われる」というお触れが回って来た。


「で、見に行ったわけ。もちろん、勝つと信じてたけど」

「嘘よ。すごく不安がってたわ」

「それはラウラの方でしょ。あたしは不安なんて、まあ、ちょっとは、かなり、あったかな?」


 試合の決着を見届けた二人は、すぐ館に戻った。

 男装し、服装も粗末な物に着替え、アトワンが飼っていた二頭の馬にそれぞれ跨った。

 アレッサは、ラウラに「急ぐ必要はないけど、五日後の出発までに来てね」と言い、先に出発した。

 一緒に行動すると目立つというのも理由の一つだが、ラウラが妊娠していたためでもある。


 アレッサは考えた。


 試合の後すぐに三つの選択肢が出されたとしても、出立が今日ということはないだろう。 

 流砂のある廃墟は、帝都のほぼ真西にあり、帝都からはラクダで二週間かかるという。帝国の端の宿場町まで一週間、そこから沙漠を一週間。ということは、三人をそこまで連れて行く手配が必要だ。

まず、連れて行く兵士を選ぶ。護送車を引く馬と御者、見張りの兵士。民家のある間は宿に泊まるとして、沙漠に出る前には荷物を積み込むはず。往復二週間分の水と食料。かなりの分量だ。最後の宿場で一日余分に滞在するに違いない。


 一方、サルヴァーン帝国と交易している一番近い国は、沙漠を越えた北西の方角。

 こちらは、毎日のようにキャラバンや旅人が出かけていると聞く。それに紛れて国を出る。

 一日目は後ろをついて行き、二日目はだんだん離れ、怪しまれぬよう進路を変える。

 遠回りすることになるから、先に出発する必要があった。


 ラウラは馬を飛ばし、三日で国境の町まで来た。

 それから、荷車と、ラクダを二頭、水と食料他、必要な旅支度を整えラウラを待つ。彼女が到着次第、すぐ出発した。


「我ながら、上手くやったと思うわ」

「今頃、フィリッポの奴、姉貴を探してるんだろうなあ」

「こちらへ来ないかな」

「大丈夫。故郷へ帰る、って噂をまいといたから、探すとしたらそっちへ向かうわ」

「強かだなあ」

 アトワンがため息をつくように言う。

「そうなんだよ。だから、兄さん気を付けないと尻に敷かれて後悔するよ」

「うるさい」

 アレッサの拳が軽くヴィットの頭に振り下ろされた。


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