表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章
1/65

プロローグ

この四月に退職しました。今までは土日執筆だったのが、毎日できる!ということで、新作に取り掛かりました。投稿も週五日を目指します。とは言え、とても遅筆なので、きっと途中でお休みするでしょう。

興味を持って読んでいただけるよう頑張って書きますので、ぜひ、最後まで読んでください。

 凛と冷え切った夜明け前の大気を切り裂き、声が響く。

「では、どうしても、私を連れて逃げてはくれぬと」

 問いかけた乙女は、美しい横顔を失意と怒りで震わせた。それを隠そうとするように、夜風が黄金の髪を波立たせる。


 問いかけられた青年は、長い睫を伏せたまま、静かにうなずいた。

「私を愛していると、誰よりも愛していると、そう言ったのは嘘であったのか」

 乙女はもう一度問いかけたあと、視線を彼の背後の山脈に向けた。

 空は黒からコバルトに変じ、稜線を露にしつつあった。


「もうすぐ、月と日が同時に昇る。それまでに、私は戻らねばならぬ。今度の戦は、両軍死力を尽くして戦うだろう。我らには力はあるが、何分人数がない。気力が尽きたときが死に時だ。彼らは皆、私の力だけを頼りにしている。ああ、私はこの星だって砕いて見せる。一面を焼け野原にだってしてみせる。でも、そんなことはしたくないのだ……」


 声が途絶え、すすり泣きに変わった。

「お願いだ……、させないでおくれ……。フォン、お願い」

 初めて、青年が口を開いた。

「ミーナ」

 乙女は顔を上げた。

「私はそなたを愛している。それは(まこと)だ。されど、私はターマの誓いを立てし者。そなたを抱くことはおろか、触れることさえ禁じられている身。私にできるのは、見守ることだけ……」

「聞き飽きたわ」

 叫ぶようにミーナは言葉を遮った。

「ターマの誓いがなんだ。一緒にいられればそれで良いと何度言えば分かるのだ」

「頭で分かっていても、心は思うままにはならぬもの。それで落ちて行ったターマを私は幾人も知っている」

「では、一緒に落ちようぞ」

「できぬ」

 間髪おかず、フォンは言い切った。

「そうすれば、私だけが先に逝く。そなたを守り抜くことができなくなる」


 既にコバルトは後退し、仄かな白に稜線は際立っている。

「それに、どこに逃げるというのだ。どこまで逃げても、彼らはそなたを追いかける。そなたの力が必要だから。だから、そなたが彼らを説き伏せるしかないのだ」

「それが出来れば苦労はせぬ。出来ぬから、こうして、こうして……」

 ミーナは両手で顔を覆った。その指先をフォンは見つめる。


「ミーナ。誓いの指輪は持っているか」

「当たり前だ」

 ほっとしたように、フォンの表情が緩んだ。

「それは、私の魂の一部だ」

「知っている」

「それを身に着けている限り、私がそなたを見失うことはない。どこまでもそなたを守る。だから、もう一度、彼らを説き伏せて欲しい」

「分かっている。だがな、彼らは私の言うことなど聞く耳持たぬ。そのことも分かっている」

 ミーナは歩き出した。フォンの横を通り過ぎ、白く輝き始めた稜線に向かって。


「どこに逃げると問うたな」

 足を止めず、振り返らず、叫ぶ。

「私は、あの星さえ超えて見せるわ」

 そう言って走り去る。

 日輪の、最初のきらめきが、一瞬にして世界を色づかせた。

 色とりどりの花が咲き風に揺らめく春の野の向こうに、敵陣が黒い影を落としていた。



 戦が始まった。

 風の王と呼ばれる、ゼキュラ・キ・ノーンは、その様子を丘の上から見下ろしていた。

その傍らにミーナはいた。

「ミーナよ。そちが戦を止めたいと願う気持ちは分かる。けれど、彼らが我らを排除しようとしているのだから、こうするより他はないのだ」

 返事はない。

「そちの持つ力は甚大だ。その指先で円を作るのだ。それだけで、戦は終わる」

 動きはない。


 ゼキュラはため息をついた。

「全く。頑固な娘だ。何を考えているのか知らぬが、無駄な流血は避けたいと思わぬのか」

 初めて、形の良い唇が動いた。

「父上。弱い私をお許しください」

「は?」

 思わず娘の顔を見つめる。娘は、父の言いつけ通り、左右の指先を合わせ円を作ろうとしている。


 普通の人には、指先を合わせ完全な円を作るのは無理である。しかし、力を持つものはそれが出来る。そして、力が強くなるほど、それは真円に近づく。

 ミーナの指先が完璧な円を形作った。

「父上。さようなら」

 次の瞬間、大爆発が起こった。

 大地が裂け、天空も裂けた。その裂け目に、ミーナは飛び込んで消えた。


 地上は大混乱に陥った。

 いきなり現れた裂け目に、多くの者が転がり落ちた。

 大地と共に切り裂かれた川からは水が溢れ出し、人々を巻き込み、そのまま裂け目に流れ込んでいく。


 しかし、それ以上に恐ろしかったのが天空の裂け目だった。誰彼構わず吸い上げて飲み込もうとしている。ふわっと浮き上がった者は、手足をばたつかせて行くまいと抵抗したが無駄なこと。それを見て、慌てて隣の者にしがみつく者がいる。しがみつかれた方も何かにしがみつきたくて必死だ。敵と味方が抱き合ったまま吸い込まれていく。


「何が起こった。ミーナ。何をした」

 ゼキュラは、傍らに生えていた樹木にしがみついて娘を呼んだ、が返事はない。

 代わりに、凛とした男の声が聞こえた。

「風の王。失礼仕ります」


 フォンが王を押しのけ、ミーナの居た場所に長い杖を突き刺した。

次の瞬間、彼は杖をぽきんと折った。短くなった杖を両手で持ち、そのまま手を広げる。杖がにゅにゅっと伸びる。それをまた大地に突き刺し、折る。また伸ばし、今度は折った後で突き刺した杖の頭に渡し掛ける。

 出来たのは、小さな門だった。


 それに真向い、フォンは杖の頭につけた大きな輪を向け叫んだ。

「シャウト」

 フォンの唇が閉じると同時に、浮き上がっていた人がパタパタと地上に落ちた。


 しかし、フォンは動かない。門に向かったまま必死に目を見開いている。それは、見えない何かを探しているような表情だった。

 混乱が続く中、二人の男が宙を飛んできた。


「ソウル・フォン」

「老師。来てくださったのですね」

「ああ、サファルも一緒だ」

「有難い。私はミーナを追いかけるので手一杯。どうか、川の方をお願いします」

「うむ」

 うなずくと同時に、老師は空気に溶けるように姿を消した。


「俺は何をすれば良い」

 サファルという若者が問う。

「門の内側に吸い込まれた人々を助けてやってくれ」

「任せろ」

 サファルがそう応えた瞬間、長い髪が、ものすごい勢いでさらに伸び始めた。


 髪は広がり、いくつかの束になって門の内側に消えていく。と思ったら、一束、くるりと巻いて戻って来た。中から、人がコロンと転がり出る。その人に小さな輪を向ける。ぐったりしていた人が、はっと目を開け起き上がった。

「な、何だ。何が起こったんだ」

キョロキョロと辺りを見回しうろたえている。

 その様子を笑いながらも、サファルは次々と人を連れ戻し、蘇らせた。


 しかし、とうとう、蘇りの技が効かなくなった人が出た。

「遅かったか」

「ああ、もう随分経つし。それに、これ以上遠くまで飛ばされた人には、俺の髪も届かない」

 言いながらちらりとフォンに目をやる。


「まだ、見つからんのか」

「いや。見つけた。しかし、遠すぎる」

「意識だけでなく、体ごと行くか」

「それでは、戻って来られなくなるかもしれない」

「じゃあ、どうする」

「魂を飛ばす」

「体はどうする」

「置いていく。見張っていてくれ。すぐ戻る」

「分かった。念のため、これもってけ」

 サファルが渡した小さな実を、フォンは口に含んだ。

 次の瞬間、フォンの体が崩れ落ちた。



 一夜が明けた。

 体を起こしたフォンに、サファルが笑いながら声をかけた。

「やっとお帰りか。どこが、すぐだよ」

「ああ、すまなかった。それより、老師はどちらに?」

「会議だよ。和平交渉」

「そうか。では、報告は後にするか」


「で、ミーナは? 一緒じゃないの」

「置いてきた」

「は? じゃあ、何のために行ったの?」

「彼女は、記憶を失くしていた。言葉も」

「で、君のことも忘れていた?」

「ああ、怯えていたよ」

「で、手ぶらで帰って来たと」


「向こうで一人だったらそうはしなかった」

 少し怒ったような口調で、フォンは返した。

「だが、幸い人がいた。彼は誠実だ。身体は健全で頑強。透視したから間違いない。彼女を守ってくれるだろう」

 サファルはため息をついた。

「なるほど。仕方ないな。俺たちじゃあできないことを、彼は与えられる」

 フォンは、ふっと寂しそうに唇を歪めた。


「それにしても、彼女のパワーはすごいな」

 サファルの言葉に、フォンは彼に並び立った。

「まったく。これほどとは思っていなかった」

 見下ろす大地は、戦前と大きく様変わりしていた。


 裂け目は南北に走り、その端は見えない。

 西から東に向けて緩やかに蛇行していた川が、今はほぼ直線に流れている。

「これは、老師の技か」

「ああ。まず水をせき止め、新しい土手を築いたんだ。真っ直ぐね。距離が短いから。もちろん、裂け目は土で埋め立てて。それから再び水を流す。とにかく早さが大切だと」

「それを一人でしたのか? 神業だな」

「全く」

 

 裂け目の周辺では、落ちた人を救おうと敵味方なく助け合っているのが見える。

「最初から協力すりゃあいいのに、何で戦なんかするのだろう」

「それが人というものだろう」

「俺たちみたいにすべて捨てりゃ、楽なのにな」

「それはそれで困る」

「確かに」

 二人の笑い声が、朝の光を震わせた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
月日が同時に昇る夜明け前・・・フォンとミーナの切ない別れのシーンが冒頭から美しく描かれていますな。ミーナがあの星さえ超えて見せると走り去る姿は強い決意と運命に抗おうとする意志をしっかり感じました。ミー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ