55. エピローグ
「……出て来い、眠りの神」
静かな白い聖堂の中。
ステンドグラスから差し込む光が美しい、この神聖な空間で。
荒々しい言葉が、厳かな空気を打ち砕く。
「俺をスイの元へ連れて行け。でないと――」
おもむろに金髪の狩人が持ち上げたのは、祭壇に飾られた"陶器の枕"。
片手で持ち上げた"ソレ"を、男は容赦なく床に叩きつけようとし――
《やめんかー!!》
突如脳内に響く声に、狩人・フミンは手を止めた。
「……本当にいたのか」
声の出どころを探して周囲を見回すフミンは、少し驚いた様子だ。
《いやお主、神を信じとらんかったんか? せっかくの儂の"御神体"を、無下に扱いよって……》
「……居たなら話は早い。スイのところに俺を送ってくれ」
淡々と要件を告げるフミンに、神は頭を抱えたくなった。
《とりあえず、その枕を下ろすんじゃ……儂の神格が下がったら、叶えられる願いも叶わんぞ》
ここは、新興宗教「安眠教」の本殿だ。
聖女アンジェ――今や教祖アンジェ――が、世界を救った"ねむりの神"とその"御子"を称えて立ち上げた。
日本では忘れ去られし末席の神、眠りと調和を司る懇切夢護眠穏無限神、通称 懇夢眠無だったが。
ここ異世界では多くの信者を獲得し、おかげで随分神格が上がったのだ。
こうして神殿にやってきた男にも、言葉を届けられるほどに。
「スイが大切にしていた昼寝布団だ。これがなくて、困っているだろう。届けたい」
垂のお気に入りの昼寝布団は、フミンの自宅に忘れ去られていた。
◇◇◇
決戦の後、平和が訪れたドゥルミーの街で。
スイがいなくなった一軒家は、随分広く静かに感じられた。
街の周囲のインクも減り、最早自分がいなくとも、この街は大丈夫だろう。
姪のフーラが元老として事の後始末を進める姿を眺めながら、フミンは今後のことを考えていた。
平凡な狩人として、のんびり暮らすのも悪くない。
幸い、スイと別れてからも、1日5分程度は眠れるようになった。
この"眠り"という感覚は新鮮だ。
意識を失うのに、気絶とは全く異なる。
上手く言い表せないが、ヒビだらけになった頭の中を、優しく修復していくような。
徐々に睡眠時間を延ばしていけば、やがてこの身を苛む痛みや辛さも和らいでいくだろう。
しかし、毎晩1人で横になる時間は、以前に比べて心休まらないものであった。
「ほらフミンさん、日記サボってるでしょう」
ふとした瞬間、彼女の声が蘇る。
「夢で会おう」と約束したが、夢を見るにはもっと長く眠る必要があるそうだ。
果たしてそれはいつになることやら。
久々に、2階のスイの部屋を訪れた。
彼女がいた時のそのままに、主を失った部屋はまるで時が止まったよう。
ゆっくりと、スイのこだわりコーディネートを眺めているうちに。
フミンは彼女の昼寝布団セットを持って、外に出ていた。
向かった先は、安眠教会の神殿――
◇◇◇
神は悩んだ。
世界の狭間は、たとえ神でもそう気軽に開いて良いものではないのだ。
第一、現代日本に戻った垂は、昼寝布団などなくとも困っていないだろう。
《……》
再び御神体に手を伸ばした狩人を見て、神は降参した。
《垂が懇意にしていたよしみじゃ。願いを聞き届けよう。
ただし、条件がある。
実はインクがあちらの世界に忍び込んでしまってのう……ついでに捕まえてきてくれんか?》
垂を元の世界に戻すために世界の狭間を開いた神。
その際、おっちょこちょいな眠りの神は、致命的なミスを犯していた。
黒蛇のモンスター・インクが、何匹も日本に潜り込んでしまったのだ。
「狩りは俺の本分だ。任せろ」
フミンとしては、垂が暮らす世界が安全であるに越したことはない。
二つ返事で了承した。
狩人の足元が、白く輝きを放ち始めた。
「お待ちなさい!! 私も参りますわっ!!」
聖堂の扉が開け放たれ、白い法衣をたなびかせた"教祖・アンジェ"が駆け込んできた。
2人はそのまま光につつまれ――
◇◇◇
ここはとある日本の都市の交差点。
そのど真ん中に、コスプレだろうか。
銃と狩人服の眉目秀麗な白人男性が立っていた。
金髪の彼は、交通ルールを無視して歩き出す。
ただひとり、会うべき人の元を目指して。
(To Be Continued ……?)
(あと◯秒で寝ます! 完結)
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
「あと◯秒で寝ます!」という、ちょっと風変わりな物語にお付き合いいただけたこと、心から嬉しく思っています。
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明日はちょっとしたお知らせをこちらの続きにUPさせてもらいます!
また、近いうちに、スピンオフ短編を投稿予定です。
Xでの更新通知なども行っておりますので、そちらも宜しければご確認ください。
それでは、またどこかの物語でお会いできますように。
おやすみなさい。そして、ありがとうございました。




