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54. おやすみなさい

最終話です。

金曜夕方頃、エピローグを投稿予定です。



『+1』ピロン 『+1』ピロン

 『+2』ピコン  『+1』ピロン

『+6』ピピロン     『+1』ピロン



鳴り響く電子音。



「あーもう。うるさいっ!」

せっかく良く寝てたのに。

跳ね起きたすいは、周囲を見渡し狼狽えた。


「ここ、どこ……?」

真っ白い、何一つ存在しない空間。

上も下も、地面も空も、何もない。


薄闇に包まれた"眠界"ともまた違う。


恐る恐る立ち上がる。

どうやら立つことはできるようだ。


感触のない足元に、慎重に一歩を踏み出す。

一歩、一歩、進むうちに、前方に何かが見えてきた。


ようやく何かを見つけたことが嬉しく、思わず歩みが早くなる。

近づくうちに、どうやらその四角いものはベッドのようで――



「フミンさんっ!?」

真っ白なベッドに、なぜかフミンが横たわっていた。

意識がないようだ。

垂は慌てて駆け寄った。


近くで見れば、規則正しく胸が上下している。

目は柔らかく閉じられており、日頃の眉間のシワも今はない。


その穏やかな表情はまるで――



「眠ってる……?」




《そなたの弛まぬ努力が、その者をここへ連れてきた》

どこからともなく、神の声が聞こえてきた。


《儂の教えを拒む者。儂の祝福が届かぬ者。》

眠りの神・懇夢眠無ねむねむだ。



《本来なら決して眠りを知らぬ者に、そなたは呼びかけ続けた……。

さすが我が御子。

世界を悪夢から救い、なおかつ最も眠りから遠い者を神前に導くとは》


いつの間にか側に立っていたねむねむ神は、そっと手のひらをフミンに翳した。


《特別に、安眠の祝福じゃ》


きらりとフミンの身体が輝いた。

眩しさに思わず瞑った目を開けば、神は消えていた。



ぴくりとフミンの瞼が動く。


「なんだ……?」

起き上がった狩人は、戸惑うように辺りを見渡す。


「フミンさん!」

垂と周囲を見渡し困惑気味のフミン。


「敵は……街はどうなった?」

「大丈夫ですよ。ちゃんとフミンさんが勇者たちと倒してくれました」


垂の言葉に、ホッとした様子のフミン。

頭がはっきりしてきたのか、警戒するように周囲を見回す。


「よく分からんが、意識を失っていたようだ」

戸惑うフミンの様子に垂はくすくすと笑ってしまった。


「フミンさん。実は今、"寝て"たんですよ」

ぴしりと固まるフミン。

驚きに目を見開くと、ゆっくり確かめるように身体を動かした。


「これが…………"睡眠"か」

両手を見つめて呟くフミンは、はっと顔を上げた。


垂の輪郭が、淡く光り始めたのだ。


(あ……。帰れるんだ)


言われずとも本能が察していた。

あまり時間がない。

日本に帰る時が来たのだ。


別れを告げようとフミンを見つめ、言葉に詰まってしまう垂。


「俺……どうやら故郷に帰れるみたいなんです」

どうにか捻り出した垂の言葉に、色々尋ねたそうなフミン。

しかし察したのか、彼は短く答えた。


「良かったな」

「はい」


短いやり取り。

そして沈黙。



「そこは……遠いところなのか?」

黙ってしまった垂に、フミンは尋ねた。


「こことは違う世界なんです」


言葉にしてみて、初めて気付いた。

もう会えない。

あれほど帰るのを楽しみにしていたはずなのに。


素直に喜べない自分に、垂は驚き戸惑っていた。

そうしてるうちにも、自分を包む光が強くなる。


慌てて垂は、思いつく限り言葉を紡ぎ始めた。



「ちゃんと、日記続けてくださいね!……無理しすぎちゃだめですよ! 毎日しっかり休んでください。それから、それから……。

俺、いつでもフミンさんの眠りを祈ってますから……!」


必死で言葉を探す垂に、フミンはこれまでで最も穏やかな声で語りかけた。


その金の瞳は深く美しく、吸い込まれそうで――



「お前がいてくれて良かった。

心配するな。言われたことはきちんと続ける。

……上手く眠れれば、夢で会えるかもしれんな」


目を見開く垂。


「夢とはそういうものだと、昔誰かから聞いた」

そう言って、口角を上げるフミン。



全てがおぼろげになり、目の前の景色が歪み始める。

最後にはっきりと、フミンの声が耳に届いた。




「おやすみ、スイ。また会おう」







◇◇◇

目が覚める。

アイマスクを外し顔を上げれば、ちょうどガラス越しに見慣れたクルマがバックしてくるところだった。


イヤホンを外し、ぐっと伸びをする。


(座って寝るのは、やっぱり体がきついなあ……)


頭をはっきり起こすために、目の前のカップを一気に飲み干した。

中のほうじ茶ラテは、すっかり冷めていた。


「スイっ! このバカ姉!」

自動ドアが開くとともに、勢い良く駆け込んできたのは、垂の妹だ。


「あ、えっと……ただいま?」

言ってから、自分が発した言葉に「?」と疑問符を浮かべる垂。


「なにそれ、もう……心配したんだから!!」

妹も、垂の言葉に疑問を感じながらも、なぜか感情が抑えられない。


「は、ハル? ごめん、泣くほど怒らせた……?」

指摘されて、妹は初めて気がついた。

自分がなぜか涙を流していることに。


ホットココアを注文し、2人は黙って席についた。


(確かに急な解雇で心配かけちゃったけど……)

怒られるならまだしも、泣かせてしまったことに戸惑う垂。


カフェでほんのしばらく仮眠しただけだというのに。

随分長い夢を見ていたような。


何かを忘れている――そんな感覚に襲われた。




◇◇◇

町工場をクビになってから暫くして。


垂は再び、工具を持ち仕事に励んでいた。


幸運なことに、取引先の顧客から、垂個人に依頼があったのだ。


「私たちは、君個人の仕事ぶりを評価していたんだ」

――ありがたいことに、現場に出入りして実情に合った提案を都度相談する、垂の姿勢が気に入られたようだ。


それからさらに時が経ち、垂はベンチャー企業で働いていた。



「凄いじゃん、スイ。ちがった、副社長さん!」

並んであぜ道を歩く妹・ハルが、茶化すように話しかけてくる。

その側には、白い犬。

妹はいつの間にやら犬を飼っていた。


『なんかお姉ちゃんに似ててさ。放っておけなくて』

聞けば、急に姉妹の母親が通っていた音枕神社を訪れたという。

そこで出会った犬に、随分懐かれてしまったそうだ。


『いつの間にやら住み着いてたらしくて。神主さんから良かったら連れてくよう頼まれたんだ』


以来、2人は時間が合えば、こうして犬の散歩をしているのだ。


「副社長って言っても、10人だけの小さな会社だよ。それに難しいことは全部社長が……」

かつて垂が働いていた、買収された小さな町工場。

元社長や社員たちが、垂を追いかけるように退職してきた。


『買収先は、我々の特許さえ押さえれたら良かったんだ。端から社員は辞めさせるつもりだったんだよ』と元社長。

その後、次々と垂の元同僚たちも会社を去り、技術に詳しい者がいなくなった特許は、実現不可能でお箱入り状態になったそうだ。



「あ!……もう」

ごろりと道端に横になる白犬に、ハルは呆れ半分、愛しさ半分といった表情だ。


寝るのが大好きな白犬は、こうして四六時中、好きな場所で寝てしまう。


眠る犬を挟むように、2人は川辺に座り込んだ。

心地よい風が、ススキの野原を撫でていく。



一面、金色の原を眺めていると、なんだか切なくなるような――



(夢で、大切な人に会った気がする……)



どうしても思い出せない。

そのことに、胸がぎゅっと締め付けられる想いがするのだ。




〈Fin.〉


最後に、エピローグが続きます。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


もしこの物語を読み終えて、「もう少しこの世界に浸っていたいな」と感じてくださった方がいれば──

スピンオフ短編『お迎えは『異世界』まで〜寝落ち体質のお姉ちゃん、私が迎えに行くからね』も、ぜひ手に取ってみてください。


連載中盤にも一度ご紹介しましたが、こちらは主人公・すいの“妹”であるハルの視点から描かれた物語です。

本編最終話の「その外側」で、彼女が何を思い、どんな行動をしたのか──

ハルの涙、音枕神社、そしてラストに登場した“白犬”についても、短編でその意味が明かされていきます。


物語をより深く味わえる「もうひとつの結末」として、お楽しみいただけたら嬉しいです。



それではもう一話、エピローグが続きます。最後まで、どうぞよろしくお願いいたします。



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