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53. 最後のカウントダウン


城壁の向こうに巨大インクの姿が見えた。

呆然としてしまうすい


(街ごと潰される……!!)

思わず身を固くしたが、何も起こらない。

変わらず、巨大な黒蛇が空を覆うようにそこにいた。


いや、先ほどよりほんの少し大きくなった。

少しずつ、近づいてきているのだ。


ドゴォーーーーーンッ!!!


大地を揺るがす轟音。

少し遅れて、見張り台の兵士の声。


「勇者様が、敵を跳ね返したぞーっ!!」

見れば、巨大な蛇がぐらりと左右に揺れていた。

すぐに揺れは落ち着いたものの、勇者の攻撃は確かに効いている。

その事実が、街を守る皆の気持ちを立て直した。


「スイ様、そろそろ寝室へ」

最上級の法衣に身を包んだ聖女・アンジェが、垂を促した。


手筈通り、これから30分間の昼寝に入る。

その間、勇者と街の皆が全力で敵を押し留めるのだ。


ごくり、と唾を飲み込むと、垂は聖女と共に寝室へと向かう。


シンプルな四角い小屋に入れば、途端に静かになる。

何層にも重ねられた防音壁が、外の喧騒を遮ってくれるのだ。



ベッドの隅に腰掛けた垂に、アンジェが足湯を準備してくれる。

ついでもらったハーブ茶を飲み、心を落ち着ける。


「目が覚めた頃に伺います。"魔"の受け渡しは、聖女の私にお任せください」

緊張で顔色の悪い垂を見て、聖女は優しく微笑んだ。


「何も心配入りませんわ。スイ様は、ただいつも通り、お昼寝を楽しんでくださいな」

アンジェに促されて無理に口角を上げれば、少し気持ちもほぐれた気がした。


「ありがとう、アン」

笑顔になった垂を見て、アンジェは満足そうに出ていった。


ぱたん。


扉がしまる。


「ふぅーーーーー……」

大きく息を吐く。

床に座り直した垂は、ゆっくりと体を伸ばし始めた。


吐く息、伸びた筋肉、手足から指先まで流れる様に。

一つ一つの動作に集中して、眠りを引き寄せていく。


床部分は、地面に接していない浮床設計であり、おかげさまで静音性が抜群だ。

これだけのものを短期間で仕上げてくれた仲間たちに感謝してもしきれない。


最後に白湯を一口飲んで、就寝前のルーチンは完了だ。

後は寝るのみ。


ぽすんとベッドに横になる。

流石だ。

何度も試してはいたが、過去最高レベルのマットレス。

現代の最高級マットレスメーカーにも負けていない。


目を閉じ、可愛い羊を数えて――





「いや、全っ然眠れないっ……!!」

思わず掛布を蹴り上げた。


静かな空間に、自身の鼓動がドクドク響く。

外の様子がやけに気になる。


(早く寝ないと駄目なのに……)


こうしてる今も、この街の人々は垂を信じて戦ってくれている。




「スイ。君は兵士でもこの街の出身でもないんだ。一般人の君が、無理して残る必要はないと私は思ってる」

そう言って、「逃げたいなら手伝うよ?」と気にかけてくれた商会長。


「スイさん……! これ、あなたのために特製の枕を作ったんです!!」

ギリギリまで調整してたのだろう、目の下に隈を作りながらも、枕を差し出してくれたレケンスと快眠開発部の仲間たち。


「今夜はスイちゃんの好物ばかりだよ!」

笑顔で料理を並べてくれた宿屋の女将さん。


「おい、スイ! 一番風呂入ってけよ」

「前に言ってた"じぇっと水流"も再現したんや。最高傑作やで」

疲れた顔だが人の良い元上司と、新技術に目がない鍛冶屋の笑い声。


「私は逃げるけど、また会いに来るから。しっかりしなさいよ」

そう言って、避難民に紛れて街を出ていく友人の後ろ姿。




大切な人達の顔が思い浮かぶのに、なかなか眠れない。

そうしているうちに、



『 99 』 ピロン


(……は!?)


赤い数値が表示された。

無慈悲に始まるカウントダウンは、気絶までの残り時間。


駄目だ。

『 0 』になる前に眠らなければ。

皆の努力が水の泡になってしまう。



「……入るぞ」

突如、静かな部屋に声が響いた。

白金髪の狩人が、眠れぬ垂を確認すると、そっと側にやってきた。


「……眠れないのか?」

コクリと小さく頷く垂。


『 86 』 『 85 』 『 84 』


刻々と、赤の数字が刻まれていく。


フミンは、垂が眠るベッドの縁に腰掛けた。


「大丈夫だ、失敗しても誰もお前を責めない」

ゆっくりと、落ち着いた声で狩人は言葉を紡ぐ。


垂の反応を見て、むむっと考え込む様子のフミン。

何か思い直したのか、彼は突然きりっとした表情になる。


「心配するな、何も問題ない。俺が結構強いことは知ってるだろう。勇者よりも強いかもしれないぞ」


真顔で話すフミンをぽかんと垂は見つめた。

固まる垂に、いつもの渋面に戻るフミン。


一拍おいて、

「フミンさんが……冗談を言ってる……」


垂はコロコロ笑い出した。

安心させようとしてくれたのだ。

笑う垂を見て、フミンも表情を緩めた。


なんだか心がポカポカする。

ふと、2人で過ごした小さな青い三角屋根の家、その懐かしい匂いが香ったような気がした。


くすくす小さく笑い続ける垂に、

「すまない。気の利いた言葉の1つも言えない奴で」

と謝るフミン。


「いいえ、おかげさまでとーっても元気になりました。今ならとっても楽しい夢が見れそうです」

そう言って布団をかぶり直す垂。


びっくりするほど軽やかに、求めた眠りが訪れて――






光が弾けた。

再び目を開けた時、垂の視界には青色数字の『10000』の表示。


後に目撃者達はこう話した。

小屋から現れたのは、この街には珍しい黒髪の少女。


彼女を中心に、強い風が巻き起こり、飲み込まれた者たちから様々な感情を引き出した。


――ある者は子供時代、布団の中にいた記憶。台所の母の気配と、美味しい朝食の香りが漂ってくる。


――ある者は、仕事帰りに風呂に入り、湯上がりの一杯を楽しんだ後。明日は休みだとゆっくり手足を伸ばした寝床。


呼び起こされるのは、幸せな眠りの記憶。

多幸感が街を覆い尽くす頃、"眠りの御子"は聖女と共に勇者の剣に手をかざし。


一閃。


輝く聖剣が、巨大インクを真っ二つに切り裂いた。


世界が、轟音と光に真っ白に染まった。

人々が目を開けた時、巨大インクは地面に煤の影だけを残し、跡形もなく姿を消していた。


そして、御子もまた――姿を消していた。



教皇と、聖女・アンジェだけは目にしていた。

空飛ぶ布団に乗った"眠りの神"が、愛し子を迎えに来る様を――





ここまでお読みいただきありがとうございました。

残り2話、もう少しだけお付き合いください。

以下、おまけです。


【垂のパラメーター】

赤色:カウントダウン

→ 0になると強制睡眠。

 危険な異世界で、垂が身を守れるよう"眠りの神"が寝落ちまでの時間を可視化した。


青色:寝起きスコア

→睡眠の質。

危うく寝落ちでマイナスになるところだった。ちなみにマイナスなら、勇者の"魔"を吸い取って、大変なことになってただろう。


黄色:安眠布教の貢献度

沢山ためると日本に帰れるらしい。

現在のtotalは ?????



もしこのお話が少しでも楽しんでいただけたら、

感想やブックマーク、評価などいただけるととても励みになります!

どうぞよろしくお願いします。



挿絵(By みてみん)

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