47. お隣の国、滅びたらしいよ
その日も、垂は兵士アミックスと同僚レケンスに挟まれて、帰路についていた。
ここ最近の帰り道は、すっかりこの顔ぶれが定番になっている。
「スイさんって、本当にすごいんですよ」
レケンスがアミックスに語っている。
「技術の申し子ってやつです。きっとそのうち、街中……いや、世界中にスイさんの製品が広がりますよ!」
何やら壮大な話をしているが、恥ずかしいのでやめてほしい。
「その“魔導式回路”ってのは……普通の水晶とは違うのか?」
人の良い赤毛の兵士が真面目に聞き返すものだから、話はなかなか終わらない。
「高価な水晶の代わりに、安価な蛇玉を使うんです。だからいろんな機械に、手頃な価格で組み込める。しかも、動力源だけじゃなくて、絶縁体を使った回路設計までしてて……スイさんの凄さ、わかります?」
と、饒舌なレケンスの話に歯止めをかけるべく、垂は無理やり話題を変えた。
「アミックスさん、大きいインクが増えてるって聞いたんですけど」
「おう。そうなんだ。俺たち兵士でも手こずっててな……」
ぽん、と手を打って、アミックスが状況を説明してくれた。
どうやら、大きなインクたちは、魔の森を挟んで東にある隣国の方角から、逃げるようにこちらへやってきているらしい。
大きいものほど早く到着したのだろう。
最初は大型ばかりだったが、最近では少しずつ小型化してきているそうだ。
「ようやく、平兵士でも対応できるサイズばっかりになってきたとこさ」
ほっとしたように笑うアミックスだが、完全に安心しているわけではない。
なぜ隣国から、わざわざ森を抜けてこちらへ来るのか——その理由が、誰にも分からないのだ。
「ま、そこらへんはお偉いさん方が何とかしてくれるさ。……それより、もう少ししたらフミンも忙しさから解放されるかもな」
パチリとウインクするアミックスに、垂は真面目に頷き返した。
しばらく中断していた安眠トレーニング、再開しなければ。
戦いの疲労も溜まっているだろうし、メニューはしっかり考えて……
思考の海に沈み込む垂。その様子を苦笑しながら見守るアミックスとレケンス。
だがその前に、突然、複数の影が立ち塞がった。
銀の軽鎧に身を包んだ衛兵たち。
その中のひとりが、前へと進み出る。
「二等市民スイ、そなたに出頭命令が出ている」
垂に迫る衛兵たちに対し、アミックスとレケンスは咄嗟に前へ出た。
「お前たち、所属はどこだ? 俺は北門所属、フォルティス隊長の息子、アミックス上級兵だ」
衛兵の中で最も位が高そうな、緑の羽飾りをつけた男が答える。
「西門所属だ。お前は今、勤務時間外だろう? 邪魔をしないでもらおうか」
「出頭命令なら、証書は? 見せてみろ」
無視して垂に近づこうとする男に、アミックスが詰め寄った。
「同じ衛兵同士といえど、これ以上は公務執行妨害だ。退いてもらおう」
「……俺が時間を稼ぐ。レケンスくん、スイさん連れて走れ!」
まともな相手ではない。アミックスはそう判断し、後ろに声をかけた。
だが、返ってきたのは悲鳴と、くぐもった声だった。
「ぐぁっ……!」
「レケンスさんっ!?」
アミックスが振り返ると、そこには金と白を基調とした、豪奢な鎧の騎士たちが並んでいた。
「不当に連行される神の子を、守りなさい」
いつの間にか現れた神殿騎士団に、垂は囲まれていた。
足元には、突き飛ばされ蹲るレケンス。
「な……待て、くそっ……!!」
垂を追おうとするアミックスだったが、衛兵隊と神殿騎士たちの小競り合いに阻まれ、身動きが取れない。
どうにか乱闘の場から抜け出した時には、もう垂の姿は消えていた。
「――というわけだ。すまねえ……」
俯き、謝るアミックス。だが、フミンは無言のままだった。
叱られると思っていたが、返ってきたのは重い沈黙。
アミックスは困惑する。
フミンは、自分を責めていた。
予測が甘かった。自分かアミックスのどちらかがいれば十分守れると思っていた。
だが、教会がここまで強硬な手に出るとは。
スイの身に危害は及ばないだろう。
だが、これまでの日常が戻ることも……もう――
◇◇◇
「あっ、おじさん。ちょうどいいところに!」
ここは元老の執務室。
書類の山に埋もれていた少女は、顔をぱっと明るくさせた。だが――
「ちょ、ちょっと、おじさん!? 顔が怖いわよ? 私以外なら気絶してるから!?」
無言で詰め寄る叔父に、年若き元老・フーラの顔が引きつる。
「行政府からスイに出頭命令が出された。それに乗じて、教会が“保護”を名目にスイを連れ去った」
矢継ぎ早に飛び出す情報に、フーラは目を白黒させた。
「スイって……ああ、あの要監視対象の子ね」
たんま、と両手のひらを突き出して、叔父をなだめつつ思考を巡らせる。
「出頭命令って、あの行政府のボンクラたちね。どうせ教会から金でも掴まされたんでしょうけど……」
ぶつぶつと呟きながら、フーラは頭をフル回転させた。
「前から、行政府はあの子を抱え込みたいって言ってたもの。私も、それが一番いいと思ってた。水車の動力機構の時点で、充分すぎる才能だったし」
まっすぐにフミンを見据え、言葉を続ける。
「おじさんの希望で放置してきたけど、今回の“魔導式回路”は駄目。あれは危険すぎる。市井に自由に流すべきものじゃないわ」
垂の開発は今のところ寝具関係ばかりだが、その技術が軍事転用され得ると分かれば、行政が管理すべきという判断も当然だ。
フーラの言葉に、フミンの気迫がわずかに弱まる。
その姿は、なぜか“悲しんでいる”ように映った。
「あ、えっと。それで……教会が出てくる理由は何かしら? あいつら、お金は好きだけど、技術者に手を出すなんて珍しいわよね」
らしくない叔父の反応に困惑しつつ、フーラは話題を変えた。
「……垂には、条件次第だが……聖女並の“魔”があると思われる」
「は……!?」
思わず机に手をついて立ち上がるフーラ。
「魔が聖女級? そりゃ教会が攫うわ……っていうか、おじさん、それ報告してな――はぁ……」
自分が早口になっていることに気づき、フーラは深呼吸した。
「確認したいことは山ほどあるけど……つながったわ。あの狸ジジイめ」
声の調子が、少女のものから“人々を統べる者”のそれに変わっていく。
「それよりおじさん、大変よ」
言葉とは裏腹に、落ち着いた声。
彼女は静かに叔父を見つめて言った。
「隣国が、“崩壊”したの」
あまりにも衝撃的な報せだった。
「うちの諜報員によると、超巨大インクが暴走して隣国の周辺部を蹂躙。その後、どうやらこちらに向かっているらしいの」
狼狽えているはずなのに、それを見せない。
元老として、威厳を保っているのだ。
「良かったわね、おじさん。ちょうど、教会に用事ができたわ」




