46. 狙われたスイ
垂は今日も快眠開発部で大忙しだった。
「スイさん、来週の出張予定なんですが。ふくろう亭の姉妹店の件で……」
「スイ! 絶縁体の配合38番、魔導効率258%いったよ!」
「部長ぉ、ここで"リラックスブレンド"焚かないでくださいよぉ……眠たく……すやぁ……」
安眠をテーマにしたコンセプトホテルの系列展開。
魔で小型家電を再現すべく、魔導式回路の開発。
ナイトアロマの配合検討。
"安眠"に繋がることなら、なんでも挑戦。それが快眠開発部のモットーだ。
賑やかな議論の最中、会長のメルカーが現れた。
いつも穏やかな彼にしては、珍しく険しい表情をしている。
「父さん、何かあったんですか?」
商会長の三男・レケンスが、ただならぬ空気を察して駆け寄った。
「行政から呼び出しがあってね。まったくの言いがかりなんだが……」
太い眉をぎゅっと寄せ、メルカーは苛立ちを抑えるように静かに語る。
曰く、商会が開発した新商品に関し、隣国の工作員が所持していた武器と類似点があるという指摘を受けたらしい。
「モニターに渡していた"魔導式ホットアイマスク"が、なぜか彼らの手元にあってね」
電気回路を模した魔導式回路が、良くも悪くも注目されてしまったのだ。
「ただ蛇玉を複数直列に繋いだって点だけを取り上げられてもね……」
工作員の武器と、垂が設計した精密な魔導回路では、レベルがまるで違う。それがメルカーの見解だった。
「こちらが静かに応じていれば、今度は『開発者を連れてこい』『技術を提出しろ』と来るわけだ。ひどい話さ。もちろん断ってきたよ」
眉間の皺をゆるめるメルカーは、どこか疲れた様子を見せた。
「それにしても不可解ですね。うちの商会にあえて強硬な態度を取ってくるなんて」
レケンスは思案顔だ。
メルカー率いる『金の働きアリ』は、ドゥルミー街で最大規模の商会だ。
影響力も納税額も大きいこの商会に対し、なぜ無理を通そうとするのか。
「そこなんだ。どうやら向こうは“開発者”を狙っているようでね」
そう言って、メルカーの視線は垂へと向けられた。
「スイ。いつも誰かが送ってくれてると思うが、外出時は絶対に一人にならないこと。みんなも気をつけてやってくれ」
周囲の頷きに囲まれ、垂は恐縮しながらも、過去に一度誘拐された身として、言い返す言葉もなかった。
ここは、皆の厚意に甘えるしかないだろう。
◇◇◇
ある日の仕事終わり。
「スイさん! よろしければ、私に送らせてください」
窓から夕陽が差し込む。
いつもの時間になっても来ないフミンを待つ垂に、レケンスが声をかけてきた。
いつも親切で何かと助けられてはいるが、レケンスの住まいはすぐ近く。
わざわざ送ってもらうのは気が引けた。
「いえ、大丈夫です。フミンさんが来てくれるはずなので……」
だが、レケンスも引かなかった。
「暗くなる前に帰れた方がいいでしょう? ほら、私も運動になりますし、スイさんも早く休めますし」
一石二鳥でしょう?と、穏やかに微笑む彼に、断る隙はなかった。
だが——
「スイさーん! フミンの親友、"ミッキー"が迎えに来たよ!」
明るい声とともに、赤毛の兵士が助け舟を出してくれた。
「アミックスさん? 今日はどうされたんですか?」
「フミンに頼まれたのさ。『遅くなるから今夜は先に食べてくれ』って伝言」
アミックスはちらりと、垂の隣に視線を移す。
「あ、あの……私が代わりにスイさんを送ります」
「んー……?」
じっと値踏みするように見つめるアミックスに、レケンスはきちんと自己紹介した。
「レケンスです。スイさんの同僚です」
「へぇ……」と、なぜか目を細めるアミックス。
それから手をひらひらさせて、にこやかに言った。
「んー……悪いけど、君じゃダメかな。ほら、俺くらい腕っぷしの強いやつじゃないと。フミンに怒られちまう」
レケンスは少しショックを受けた様子だった。
たしかに兵士のアミックスに比べれば華奢で優男だが、女性ひとりくらい守れると思っていた。
「では、せめてご一緒に。ひとりより、ふたりのほうが安全でしょう」
「うーん、粘るねぇ。まあ、今夜は3人で行くとしますか」
「あ、あの……お二人とも、ほんとにすみません……」
本音では一人で帰りたかったが、そんな空気ではなかった。
垂は二人の厚意に感謝しつつも、どこか落ち着かない気持ちのまま帰路についた。
◇◇◇
フミンは忙しかった。
街の東側で、突如インクの数が増えたのだ。
ここ最近は激減していたため、かつてのような数ではない。
問題は、そのサイズだった。
通常なら、小型100体に対し中型が1体程度。
だが今は、小型はほとんど見かけず、中型・大型ばかりが現れる。
並の兵士や狩人では対処が難しく、フミンのような熟練の戦士が求められる。
この日も、中型インクを5体仕留めた。
コンディションは悪くない。
スイと過ごす時間が、自然と休息を習慣づけてくれたのだろう。
だが、連日のインク討伐で、スイと過ごせる時間は減っていた。
今夜も、友人のアミックスにスイの迎えを頼んである。
空を仰ぐ。
まだ、日は地平線に飲まれていない。
(寝る前に、少し話せるだろうか)
しばらくは、こんな日が続くだろう。
せめて眠る前に、少しでも時間をともにできれば。
スイとの夜のひとときは、たとえ眠れなくても、フミンにとって心身を切り替えるスイッチのようなものだった。
気づけば、足が速くなっていた。
黒い森を抜け、城壁が見えた頃。
夕陽に燃えるような赤髪が、こちらに駆けてくるのが見えた。
「フミンっ、すまない! スイさん、連れてかれた!」
友の叫びが耳に届いた。
だがその言葉は、頭が理解することを拒んでいた。




