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42. 悩めるシスター:アンジェ【後編】

※引き続き、アンの視点です。


スイとの出会いは、まさに神のお導きでした。


買い物に不慣れな私はすっかり疲れ果て、ようやくナイトアロマを手に入れたものの、人混みの中で立ち止まった瞬間、ふと気分が悪くなってしまったのです。

慣れない街のざわめき、修道院を抜け出した緊張感、積もりに積もった日々のストレス、そして寝不足と頭痛――

それらが一気に押し寄せ、私は道端でうずくまってしまいました。

胃が熱くひっくり返りそうになり、こみ上げる涙をこらえていたそのとき、優しく声をかけてくれたのがスイでした。


見ず知らずの私を自宅に連れ帰り、丁寧に介抱してくれたスイ。

聖女の私には、彼女に何か神聖な力のようなものを感じずにはいられませんでしたわ。


……あっ、私が聖女だということは秘密ですのよ。

スイには「アン」という偽名を伝えました。

申し訳ないのですけれど、聖女が街中をうろついているなんて知られたら、大変な騒ぎになりますもの。


それから、私は毎朝スイと会うようになりました。

どうやら私のイビキは、「スイミンジムコキュウショウコウグン」なるものが原因ではないか――というのがスイの見立てです。


彼女の助言で、私は運動・規則正しい生活・食事療法を始めることになりました。


修道院では定期的にお茶会があります。

教会では、健やかな心身を育むために「シスターは幸せであれ」という理念のもと、さまざまな規律が設けられています。その一つがお茶会なのです。


可愛らしい砂糖細工で彩られたスイーツが目の前に並び、思わず生唾を飲み込みました。

でも、スイと約束したのです――スイーツは二日に一度、一口だけ。がまんの時間です。


孤児として育った私にとって、お砂糖をたっぷり使ったスイーツは本当に特別なごちそう。

ですが、運動の成果もあって体重が減ってきましたし、何よりスイ曰く「砂糖の摂りすぎは寝つきを悪くする」のだそうです。

制限することで、より一口を美味しく感じられるというのも、スイの教えです。

実際、運動後に口にした一口の甘味は――極上でした。


お茶会が終われば、祈りの時間。

神への祈りでは、教義に従い「自分の恵まれた点を挙げ、幸せであることを心で確認」します。

目を閉じ、手を合わせ、神に心を捧げる……はずが、どうにも眠気が。


寝不足に加えて、朝のランニングが効いてきたのでしょう。昼前にはまぶたが重くなってしまうのです。

でも大丈夫。祈りと昼餉のあとには、お昼寝の時間が待っているのですから。


「シスターが昼寝だなんて……怠惰ではありませんこと?」


最初にスイから昼寝を提案されたとき、思わずそう言ってしまいました。

けれど彼女は、「眠気を抱えたままダラダラ動くほうがよほど非効率」だと真顔で言ってのけたのです。

そして、30分程度の昼寝が心身の働きを高めることも教えてくれました。


そこで私は、昼餉を早めに済ませ、自室で短い昼寝をとることに。

次は中庭のハンモックで寝てみようかしら。木々に吊るされたハンモックに揺られながらうたた寝――素敵だと思いません?


では、少しだけ……おやすみなさい。


「……ふがっ!?」


――イビキに驚いて目が覚めましたが、ほんの短時間でも頭がスッキリと冴えわたりました。


夜は、教えてもらった就寝前ルーチン。

ナイトアロマを焚きながらの足湯。

珍しそうに覗き込んできたサラも誘って、一緒にほっこり。


布団に入ったら、深呼吸と呼吸法です。

まだイビキは出てしまいますが、少しずつ眠りの質が良くなってきたように思います。


サラも「ようやくマシになったようね」と、ほっとした様子でした。


運動を続けたおかげで、体重も少しずつ減り、心まで軽くなったような気がします。


これからも、私はランニングを続けていこうと決めました。


◇◇◇

ある朝のことです。

いつもなら時間ぴったりに現れるスイが、珍しく姿を見せませんでした。

私は家の前で待っておりましたが、朝日が顔を出す頃、ようやく階段を駆け下りる音が響き、

「お待たせしましたっ」

と扉を開けて、スイが現れたのです。


その瞬間、私の時間が止まりました。

彼女の姿が、まるで光に包まれているかのように見えたのです。

眩しくて、神々しくて、息を呑みました。


スイが何か話していたようですが、私の耳にはほとんど届きませんでした。

気がつけば、私はその手を両手でがっしり握りしめていました。


「スイさん……いえ、スイ様! 今すぐ教会へ参りませんこと!?」


この方には、確かな“力”が宿っている。聖女の私にはわかるのです。

スイ様と共に歩めば、もっと多くの人に健やかなる心身を届けられるはず――そう確信しました。


「スイ様と共にあれば、教会の教義をもっと多くの方に……!」


ですが、そのとき――私たちの間に、影が差しました。


「スイの“魔”は、ゼロだ」


不意に割って入ったのは、金髪の狩人。スイ様の同居人だと名乗る、フミンという男性です。

普段は挨拶しても無言、せいぜい会釈程度。しかし今朝に限っては、はっきりとした口調で割ってきたのです。


「魔がゼロ……ですって? そんなはず……いえ、改めて測定させていただければ――」


「結構だ。スイは教会に行く必要などない。あんたが毎朝つるむのは構わんが、これ以上深入りはやめろ」


なんて冷たい言い方でしょう。

そのくせ、スイ様には別人のように柔らかい口調で、


「スイ、今朝は少し早く出たい。悪いが、今から送らせてくれ」


……おやおや、急に優しくなって。

朝からなんとも過保護ではありませんこと?


私は呆れつつも、心は諦めていませんでした。


「スイ様! また明日、ぜひ続きをお話させてくださいませ!」


私の呼びかけに、スイ様は少し困ったように微笑まれて、


「アンさん、ごめんね。ランニングはまた明日!」


と、優しく答えてくださいました。


……その後も、私は何度もスイ様を教会へお誘いしました。

ですが、あのいけ好かない同居人が、毎度毎度邪魔をしてくるのです。


いつの間にかランニングにもついて来るようになって……もう、なんと面倒な!


それでも、私、あきらめませんわ。


だって、スイ様とならきっと、教会の教義を「真の意味で」人々に届けられる――

そんな気がするのですから!




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