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40. 睡眠時無呼吸症候群

主人公の前に現れた謎の少女アン。

最終章のキーパーソンとなる彼女は一体何者なのでしょうか……?

楽しい食事会からの帰り道、すいたちが出会った少女はアンと名乗った。


具合の悪そうなアンを介抱していた垂に、彼女が放った一言は。


「イビキのせいで何もかも上手くいかない」



◇◇◇


「先ほどは取り乱して、申し訳ございませんでした」

ベッドの上で正座するアンは、丁寧に頭を下げた。


服は汚れてしまったために、すいの物を貸しているが。

良いところのお嬢様なのだろう。

シンプルなシャツとズボンを着ていても、育ちの良さが滲み出ていた。


「いえいえ、体調が落ち着いたみたいで良かったです」

一時的なものだったのだろう。

血の気が戻ったアンの顔を見て、垂はほっと息をついた。


「それより"イビキのせい"っていうのは……?」

聞き返されて恥ずかしかったのだろう、少し頬を赤らめながらも、アンは意を決したように話し始めた。


「私、少し前からルームメイトに迷惑をかけていて――」


◇◇◇

アンは教会に仕えるシスターで、修道院では基本的に相部屋で暮らしているという。

ところが、ルームメイトが「アンのイビキがうるさくて眠れない」のだそうだ。


始めはピンとこなかった。

けれど次第に夜中に大きな音で目覚めることが多くなり、どうやら音は自分のイビキのようなのだ。


自分もルームメイトもイビキのせいで寝不足だ。

このままでは良くないと、睡眠薬を試したり、寝る前に少しお酒を飲んでみた。

始めはそれで眠れたものの、どんどん効果は薄くなり、今ではお酒も睡眠薬もすっかり増えてしまったそうだ。


「――朝起きると頭が痛むし、日中はぼーっとすることも増えてしまって……」


ぽつりぽつりと話すアンを、垂はじっくり観察してみた。


全体的にふくよかというか――控えめに言ってぽっちゃり体型。

背丈は平均的日本人女性の身長である垂よりさらに小さく、顔は羨ましいくらいに小顔である。

せっかくの小顔が、二重あごのせいで体に埋もれてしまっているが。

もう少し痩せればきっとすごい美人に違いない。


「私、このままでは教会のお勤めもこなせないし、サラにも教皇様にも酷い迷惑を……」

再び涙が溢れそうになるアンを、垂は手を上げて制した。


「"イビキ"、良くなるかもしれません」

垂の言葉に、アンは弾かれたように顔を上げた。


「もしかするとそれ、"睡眠時無呼吸症候群"かも」

聞き慣れない言葉に、目をまん丸に見開くアンだった。




◇◇◇

まだ静けさの残る住宅街。


レンガが敷き詰められた小道を、垂とアンは並んで駆けていた。目指すのは、街の中央をゆったりと流れる大きな川。


水面には、昇りたての朝日がきらきらと反射している。


シスターには外出の制限があるそうで、アンが自由に動けるのは早朝のみ。

そのため、ふたりはこの時間にランニングを始めることにした。


「すぅ、すぅ、はぁ……」

「ぜ、ぜい、ぜぇ……!!」


垂の呼吸は一定を保っているが、その隣でアンはすでに今にも倒れそうだった。走り出してから、まだ五分も経っていない。


「……少し、休憩しましょうか」

足元がおぼつかなくなってきたアンを見て、垂は川辺の石段へと手を差し伸べた。


「きゅぽっ」

木のボトルの栓を開ける音が小さく響く。垂はそれをアンに手渡すと、隣に腰を下ろした。


「……甘い」

レモンの輪切りが浮かんだハチミツ水が、疲れた体にじんわりと染みわたる。アンは喉を潤しながら、ちらりと隣を見る。


自分も一口飲んだ垂は、変わらぬ呼吸で川面を眺めていた。


「ごめんなさい……。せっかく一緒に走っていただいてるのに、私、全然ダメで」


「謝ることじゃないですよ。それに、無理に長く走るより、少し走っては休憩する方が続きます」

本当に気にしていない様子の垂に、アンはホッと息をついた。


「あ、あの……! 私、頑張るので、これからもお願いしていいですか?」

真剣な目で見つめるアンに、垂は一瞬目を丸くしたあと、くすくすと笑った。


「アンさんは、ほんとに頑張り屋さんですね。もちろん、朝ラン仲間が増えるのは大歓迎です」

そう言って、垂はポケットから布巾を取り出し、アンにそっと差し出した。

差し出された布巾で顔の汗をそっと拭うと、不快だった熱がすっと引いていく。


「せっかくなので、休憩ついでに……寝る前のおすすめルーチン、お話しますね」

楽しげな口調で垂が話し始めると、アンはうなずきながら耳を傾けた。


川辺を吹き抜ける風が、火照った体に心地良い。

朝の静けさの中にやさしい時間が流れていった。


次回、アン視点でお送りします。

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