30. 寝る寝るストライキ!
俺たちの“昼寝”は、誰にも邪魔させない!
ここは垂たちが働く3番工場の隣、2番工場の建屋。
その中は今、完全なカオスに包まれていた。
「お前たち、ふざけてるのか!?」
緑の制服を着た監督官が、怒りで顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
その目の前の床には、労働者たちがごろごろと――昼寝中だった。
「起きろ!働け!」
怒鳴る監督官に対し、寝転んだまま反論の声が飛ぶ。
「こんな劣悪な職場で働けるか!」
「長時間労働、反対だ!」
「休憩増やせ!給料上げろ!」
「3番工場ばっかりズルいんだよ!」
誰一人、起き上がる様子はない。
見かねた2番工場の棟長が、ついにムチを手に取った。
「わけの分からんことを……。全員、処罰してやる!」
いつも通り、力でねじ伏せるつもりだった。棟長は手近な者にムチを振りかざそうとし――
「野郎ども、お偉いさん方もお疲れだ!
さあ、寝かしてさしあげなぁ!!」
「おうっ!!」
リーダーの号令に、労働者たちが一斉に立ち上がった。
床に寝ていた男たちが次々と緑服の役職者たちに襲いかかる。
あっという間に監督官たちは取り押さえられ、紐でぐるぐる巻きにされて床に寝かされてしまった。
「やめろ!お前たち、こんなことしてどうなるか分かってんのか!?」
縛られて芋虫のようにじたばたする副長が、悔しげに叫ぶ。
だが、誰も動じない。
「いつも脅せば言うこと聞くと思うな!」
「職場環境が改善されるまで、徹底抗戦だ!」
「俺たちの“昼寝”は、誰にも邪魔させない!」
◇◇◇
時は遡ること、数時間前――
「くそっ、面倒なことになった」
頭をかきむしりながら管理室を出たロタは、ぶつぶつと独り言を漏らしながら、廊下を早足で歩いていた。
垂による工場改革によって、「8時間で16時間労働分」が、ついに現実味を帯びてきた。
しかし、急激な変化は周囲に混乱をもたらす。
3番工場の副長・ロタは、改革について箝口令を敷いていた。
別に、労働者たちが酒のつまみに噂するくらいは仕方がない。
だが、現状は――
「噂が広まるのが早すぎる」
ついさきほども、20番工場の副長からクレームが入った。
曰く、
「3番工場は楽らしい」
「他の半分しか働かないのに、給料は同じらしいぞ」
「俺は昼寝し放題って聞いたぜ」
……等々の噂で、作業の手が止まりがちだという。
「お前のところは労働者を甘やかしているのか」「規律を乱して、周囲に迷惑だ」
散々な文句をぶつけられた。
(妙だ……誰かが意図的に広めているのか?)
改革の目玉・機械の改良について話が出回るのは分かる。
だが、垂の改革の肝は「徹底的な業務効率化」にある、とロタは考えていた。
(言っちゃ悪いが、工場の奴らに生産性がどれだけ上がったかなんて、理解できるやつはそういないぞ)
それに、改革を実践しているのは、3番工場の中でもごく一部。
「3番工場は楽だ」なんて噂が広まるのは、やはりおかしい。
廊下の突き当たりにある扉へと辿り着いた。
ここだけは、建屋の中でもひときわ立派な装飾が施されている。
ロタは制服を整えると、扉をノックし、部屋に入った。
正面には、主のいないデスク。
「ああ、やーっと来たかね。それで? なんか色々文句が来てるんだけどぉ〜」
右手から間延びした声が響く。
視線を向けると、だらしなくソファに沈んだ男が、ロタの報告を待っていた。
「棟長。……いえ、特に問題ありません」
「ん〜、そうなの? まあ、僕に迷惑かけないなら、い〜いかなぁ〜」
でっぷりとした二重あごを撫でながら、棟長と呼ばれた男は、ソファに腰を据え直した。
(“問題ありません”以外は何も聞きたくないボンクラめ)
内心毒づきながらも、顔には出さない。
ロタは報告を終えたとばかりに、退室しようとしたのだが――
「おい! 生産量が急に増えるなんて、なんのいかさまだッ!?」
荒々しく扉が開かれ、赤ら顔の緑服が飛び込んできた。
やってきたのは、2番工場の棟長・ジョーシだった。
「うちが3番ごときに生産量で負けるはずがない! 何か隠してるなら吐け!」
なぜか、ロタの方を睨みつけながら怒鳴ってくる。
ロタはジョーシが嫌いだ。
出世欲の塊で、自分の成績のためなら子どもだろうが老人だろうが、労働者たちを使い潰すように働かせる。 怠けは許せないが、それでも皆に真っ当に仕事をさせたい自分とは、絶対に相容れないタイプだ。
「こ、こーれはジョーシさん。ロタ! 何してる、さっさとお助けするんだ!」
ヘラヘラ笑いながら取り入ろうとする3番工場の棟長。 相変わらず日和見主義の態度に、ロタはため息を飲み込んだ。
「あー……新しい機械ですよ。鍛冶職人のところに聞いてもらえれば」 (こいつに掃除整頓や効率化の話をしても、どうせ理解できねえしな)
面倒な対応は、鍛冶屋のフォージたちに丸投げすることにした。 水車動力でも見せておけば、たぶんそれで満足するだろう。
「これはこれは、“副”棟長のロタくん。そういう大事なことは、さっさと報告しないと」 「いつまでも昇進できないよ」
そう捨て台詞を残し、ジョーシはどや顔のまま踵を返して出て行った。
◇◇◇
「おいおい、やってくれたな。あの拝金主義者め……!」
ロタは盛大に舌打ちした。
目の前には、助けを求めてやってきた2番工場の副棟長。
ジョーシ達他の監督官は、労働者たちに捕まってしまったらしい。
「仕事せずに全員寝てる」おかしなストライキの全貌を聞き、ロタは思わず空を仰いだ。
「ど、どーしよう? ロタ、なんとかならないか?」
横でオロオロするだけの3番棟長はとりあえず放置。
ロタは状況を整理する。
「つまり、うちの生産量が増えたから、真似して労働者達を働かせたと。16時間分の仕事を8時間でできるのだから、毎日16時間働いて、32時間分の成果を出せと指示したらこうなった――?」
うんうん頷く2番副長に、ロタはにっこり笑みを作った。
「暴動起きて当然だろ!!!」




