29. 第二回成果報告会──嵐の前の静けさ
快眠グッズの開発、工場の労働改革……全てが順調のように思えたが。
商人メルカーとの寝具開発、不眠に悩むフミンのサポート、そして工場の改革。
垂は、あれもこれもと奮闘してきた。
(正直、寝る時間の確保が一番の課題だったかもしれない……)
泣き言の一つも言いたくなるが、それでも前へ進んだ。
今日は、いよいよ二度目の成果報告会だ。
管理室に集まったのは、副長ロタ、すっかり顔馴染みとなった鍛冶屋フォージ、それに前回もいたスーツ姿の役人。どうやら、業務改善や図表の活用に強い関心を持っているらしい。
「棟長は……?」 「欠席だ。気にするな、始めてくれ」
ロタの一言に押され、垂は報告を始めた。
◇◇◇
「今回は、大きく三つの成果をご報告します」
おなじみのクズ布ポスターを広げ、指差しながら語る。
【① 作業配置の見直し】
綿の供給場所を変更。カード機のそばに木箱を設置し、屈まず取り出せるようにした。
小さな工夫だが、疲労軽減と作業効率アップに効果あり。
【② 水車動力の安定化】
前回導入したフライホイールとクラッチ機構の調整により、カード機の異常停止はほぼゼロに。
次は、足踏み式の紡績機にも水車の力を活かす予定だ。
【③ 魔力を利用した“半”自動運搬装置】
──ここが、今回の試行錯誤の結晶だった。
魔。
この世界に存在する、いわば「不思議エネルギー」。
魔力持ちと呼ばれる人々が、自らの力を水晶に込め、武器や照明として利用している。
「魔水晶」付きの武器は、インク相手に高い効果を発揮する。
その素材が、インクの亡骸から取れる「蛇玉」だというのは……なんとも皮肉な話だ。
とはいえ、魔の用途は意外と限られている。
火を使わずに済むため、宿や工場では照明として重宝されているものの、コストが高く、出力もさほどではない。
ちなみに今まで『魔』の話が出なかったのは、未知のエネルギーの性質に理解が追いついていなかったからだ。
……別に、「魔がゼロ」診断されて拗ねてた訳ではないよ?
垂は資料の一部を指差した。
「魔は、インクには強大なダメージを与えますが、その他に利用するには出力が小さすぎると考えられていました。
実際、照明以外にはほぼ使われてません」
ギャラリーも頷いている。
だがある時、ふと気づいたのだ。
(これ……電気で言えば、低電流くらいの性質なんじゃ?)
それなら、小型モーター程度は動かせるかもしれない。
そう仮定して始めた試作で、意外な手応えを得た。
垂が作ったのは、レールの上を決まったルートで走る簡易台車。
動力源は、魔水晶を使った小型の魔力モーター。完全自動とはいかないが、作業員の負担は格段に減る。
「機械の原理も、魔の特性も、まだまだ手探りですが──
ようやくここまで、形になってきたと思っています」
一礼する垂に、フォージが腕を組んだまま「むむ……」とうなり、役人は黙々とメモを取っていた。
ロタの視線は厳しかったが、その奥に確かな満足感が宿っている。
「今から二月前、お約束したとおりです。
16時間分の作業、きっちり8時間でこなせるようになりました!」
二度目の報告会、垂は最も重要な言葉で締めた。
◇◇◇
管理室を出た垂は、思わずスキップしそうになった。
(給料アップ! パジャマと枕を新調するぞ)
宣言通り労働時間削減を実行した垂に、ロタは8時間で皆と同じ給料を約束してくれたのだ。
ただ……
「お前がやっていること、まだ周囲の人間には広めるな」
早速工場全体に改革内容の反映を、と意気込む垂に。
ロタは釘を刺した。
なんでだ、早く皆で8時間労働を勝ち取ろう、そしていっぱい寝るのだ。
「勘違いするな、お前の成果は認めている」
反論の気持ちでいっぱいの垂の顔を見て、ロタはやや声を和らげた。
「ただ、時間が必要だ。急な改革は周囲との軋轢をもたらす。はい、明日から皆8時間勤務、とはいかないんだ」
棟長の話に、垂も渋々頷いた。
世の中、そう簡単ではないことは理解できる。少しずつでも改善されるなら、自分が頑張ったかいがあるというものだ。
そう納得したはずで。
しばらく垂たちが所属する3番工場内だけで改革が進むはずだったのだが――
「大変だぞー! 2番工場の奴らが、ストライキだってよ!!」
数日後、俄に工場内は騒がしくなった。




