2. 会社クビになったのでとりあえず寝ます
「もしもし? 俺俺。うん、その……ちょっと、またクビになってさ」
瞬間、スマホ越しに響く絶叫。思わず耳からスマホを離す。
「うん、うん、はい。すんません……ちゃんと安全な場所に移動しますんで。はい、よろしくお願いいたします……」
通話相手は妹だ。
何度目なんだと呆れられつつも、小言は最小限。 彼女は不満よりも俺の安全を優先してくれる。頼れる妹氏よ、ありがとう。
そう、俺は今、いつ眠ってもおかしくない。
規則正しい生活と心の安定が命の俺にとって、ルーチンの崩壊(昼寝中断)と突発的なストレス(いきなりの失職)は最悪の組み合わせだ。
帰宅途中に倒れるリスクを考え、アパートまでは戻らず、すぐ近くのガソリンスタンド併設カフェへ避難することにした。
自動ドアが開き、ひんやりした空調が肌を撫でる。 同時に、冷房と同じくらい冷たい店員さんの視線が、真っ昼間から作業着で大荷物を抱えた俺を出迎えた。
気まずさを感じながらも、時間が惜しい。
早く安全地帯を確保せねば。
メニューボードを眺めて悩む。
カフェインか。カフェインなしか。
薬は全く効かないくせに、カフェインはさじ加減が難しい。
仮眠後の目覚めが良くなる一方で、その後の睡眠ルーチンが乱れやすいのだ。
暫しの逡巡の後、カフェインレスを選択。
ホットのほうじ茶ラテをオーダーした。
このところ折角生活リズムが安定しているからな。
夜の寝つきが悪くなるのは避けたい。
セルフで受け取ったカップを片手に、ガラス張りの窓際席へ向かう。そこなら駐車場が一望できるし、妹の車が来たらすぐに気づける。
スマホでメッセージアプリを開き、「カフェ着いた。とりあえず寝る」とだけ打って送信。
湯気の立つカップから一口すすって、ふう、と息をつく。
カバンの中から、仮眠セットを取り出す。
愛用の低反発携帯枕を首に巻き、ノイズキャンセリングのイヤホンを装着。
さらに、明るい店内でも使える深めのアイマスクを手に取る。
「よし。おやすみなさい」
椅子に体を預け、アイマスクを目にかけた――その瞬間だった。
「ん……?」
目の前にあるはずのまっすぐな景色が、ぐにゃりと歪む。
白昼の現実に、ありえない“音”が混ざり始めた。
――エンジンの轟音。タイヤが焼けるような摩擦音。
(いつもの幻覚か……?)
これが来る前に仮眠をとっておきたかったが。抗えない眠気の前には、幻覚が伴うことが多い。
目の前の駐車場に停まっていた白いワンボックスカーが、エンジンを唸らせてこちらに向かってくる光景。
ガラスを突き破る音。破片が飛び散るスローモーション。
いつもに増して鮮明な幻覚だ。
自分に向かって巨大な塊――ぶつかる、と思った瞬間、
音も、感覚も、すべてが泡の中に沈んでいった。