13. 寝るためにはお金が必要です
宿屋に来てから数日が経った。
2日目はフミンに連れられて役所へ行き、旅人用の滞在証を発行してもらった。
それから、水晶体が埋め込まれた謎の機械で測定された。
「今のはなんですか? 白く光った後真っ暗になりましたけど」
「魔の測定器だ。魔が多い人間は、それだけで仕事に就ける」
魔は不思議なエネルギーみたいなものだ。
魔が多ければ高位の神官、少なめでも道具に魔を込めたりする仕事など需要がある。
もしかして俺にも魔が扱えるのだろうか。
期待しながらフミンを見る。
「……残念ながら、お前の魔は『0』だ」
先程のドキドキを返して欲しい。
面接みたいに職員の人に見守られて、無駄に緊張したじゃないか。
それにしても困った。
2週間内に定職を見つけないと、お高い滞在税を払わなければいけないのだそうだ。
ただでさえフミンに払ってもらった入市税、宿代、衣食その他もろもろ……
毎日の寝床確保にはお金がいるのだ。
フミンが知り合いに求人がないか尋ねてくれるという。
なぜかこの街1番の働き場である工場は反対された。
「旅の疲れもあるだろう。しばらくは宿でゆっくり過ごせ」
そう言われたが、どうにも落ち着かない。
とりあえず宿の布団が気に入らなかったので洗濯した。
ついでに宿中の寝具にタオル、カーテン全部洗ってやった。
それにしてもノミダニの多いこと。
この街の人達は気にならないのだろうか。
せっかく洗った寝具に新しく持ち込まれるのは許せない。
「汚れ物はございませんかー? アイロンがけも承りますよー」
宿泊者に館内着を貸し出し、衣類洗濯サービスを始めたところ好評だった。
女将のご厚意で、お手伝い分のお小遣いが出るのも嬉しい。
少しは宿代の足しになると良いのだが……
◇◇◇◇◇
部屋の片隅、小さな机の上に、懐中時計と女将に借りた道具が並ぶ。
以前フミンに見せてもらった壊れた懐中時計だ。
今朝もどこかへ出かけていく狩人に、頼み込んで貸してもらった。
「さて、やってみますか……」
垂は深呼吸し、時計を手に取った。重みのある真鍮製。蓋のヒンジはゆるく、盤面のガラスは透明度が低い。18世紀ごろに流通していたねじ巻き式のぜんまい時計――講義で扱ったことがある懐かしい構造だ。
「まずは裏蓋を開けて、ムーブメントを確認しよう」
女将から借りた小さなマイナスドライバーのような工具で、裏蓋の縁を優しく押し上げる。蓋がぱかりと外れると、中にはテンプ(振り子のように振動して時間を刻む部品)が収まっていた。
「やっぱり……ガンギ車が止まってる」
本来ならテンワが左右に揺れ、アンクル(爪石)を通してガンギ車が少しずつ動くはずだ。しかし今は、機構全体が凍りついたように沈黙している。
「油が……これ、だいぶ酸化してるな」
輪列の軸受けに、茶色く変色した古い潤滑油がこびりついている。埃も混じっていて、完全に粘度を失っているようだ。軸が固まり、歯車が回らなくなっている。
「掃除すれば動くかもしれないな……」
垂は慎重に、ムーブメント全体を取り出す。時計の中身は実に繊細で、うっかり爪でこすれば歯車を壊しかねない。日本で使っていたピンセットや洗浄液はないが、代わりに女将から借りた針金、布、古い歯ブラシ、水と酒を使って即席の洗浄セットを整える。
「これで仮洗浄……まあなんとかなるだろ」
部品ひとつひとつを丁寧に分解し、糸くずのつかない布で汚れを拭う。
ガンギ車、テンプ、香箱(ぜんまいが収納された部品)――どれも現代では見ることのない繊細さが、むしろ懐かしくて心地いい。
数時間後、すべての部品を戻し、ゼンマイを慎重に巻いてから、テンプにそっと息を吹きかける。
カチ、カチ、カチ……。
「よし、動いた」
垂の口元に笑みが浮かぶ。
(喜んでもらえるといいなあ)
時計の蓋を閉じ、持ち主の髪色に似た表面を丁寧に磨いた。
◇◇◇◇◇◇
時計を受け取ったフミンは驚いた様子だった。
まさか本当に直せると思ってなかったようだ。
とにかく役に立てて良かった。
(そうだ。これ、商売にならないかな……)
良い思いつきだと早速垂は実行してみた。
結果は好評。
宿泊客は商人が多く、羽振りの良さそうな何人かに声をかけてみた。
どうやら一般に普及しているのは原始的な時計のようで、時間のズレや故障に悩む人は多かった。
時計屋に頼むよりも安く済むと、皆喜んで垂に仕事を任せてくれた。
それでも洗濯より修理の方が良い収入となる。
「よし、この方針で稼ぐぞ」
これで仕事の目処が立ったと喜んだ矢先、トラブルに見舞われた。
「おい、誰の許可得て仕事やってんだ」
「ちょっと面貸してもらおうか」
時計職人連合を名乗る怖い顔の男達が押しかけてきて、垂は連行されてしまったのだ。
そこからなんとかフミンに助けてもらったが、垂はがっかりしてしまった。
(時計修理屋はダメそうだ……)
なかなか良い稼ぎ方が見つからない垂だった。
現職
・ヒモ/ 居候
・洗濯アルバイト
・時計修理屋(失業)




