第44章:思い出の、雑多な羅列(1) とりあえず、ここまで。おかげさまで、なんとか体調は戻りましたえ❤❤
・・・ここから最終章までは、
お題目のように、雑多ではありますが、
『思い出の羅列』となります。
ところどころ、この章のような、
比較的長いエピソードが入るかもしれません。
まぁ・・・
主要な情報は、これまでにだいたい記してきましたので。
そぉねぇ。
感覚としては、【美絵子メモ・パート1】みたいな作りになっていくんでしょうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『畑作経営』の講義担当の島田先生について。
一年生の6月ごろだったか。
自宅での休日が終わって、農大の寮に帰る月曜の朝。
宇都宮駅発・農大前通過の関東バスかJRバスに乗った時のこと。
この路線は、途中、宇都宮大学の前も通過するので、
宇大の学生もけっこう乗り込んでくる。
そこでごっそり彼らが降りると、バスはガラガラになるものなんだが、
ふと左前を見ると、島田先生が座ってるのに気づいたので、とりあえず朝の挨拶をした。
ところがッ・・・!
目を閉じてしばらくすると、
鼻をつく頭髪用のポマードのにおいと、
「一種異様な気配」に気づいた。
目を開けてビックリ!
離れた席に座ってたはずの島田先生が、ぼくの真ん前にいたんだよ!!
・・・あれにはあきれたねぇ。
他に席もたくさん空いてたし、
彼はすでに別の席に座ってたのに、いつのまにやら、
わざわざぼくのすぐ前の席に移動してきちゃってさぁ・・・。
(うーーわ、キモッ!!)
(うざっ!!)
(なんでまたわざわざ、こっちくんだよぉ・・・あっちへ戻れったら・・・島田ッ!!)
(農大までの貴重な仮眠時間を奪いやがって・・・こんだけ至近距離から、こんなクセーのかがされた日にゃー、とてもじゃねぇが、眠れたモンじゃねーわ・・・。)
(かといって、月曜の朝でクッソだりぃのに、いまさら席、移動すんのもめんどくせーしよぉ・・・。)
1989年当時のぼくは、
かなり太ってました。
だからなおさら、席を移動するのがめんどくさかったんです。
いろいろな「寮生活用の大荷物」も足元にあったしね。
むかっ腹立ったぼくは、
農大前停留所にバスが着くやいなや、
彼を無視して、
さっさと料金を払って、飛び降りましたよ。
「あ・・・そうそう。『塚原君』・・・」
(うるせ、話しかけんな!!)
(それに塚原じゃねー。俺は『栗原』だ! 何回まちがえたら気が済むんだ、オメーわよぉ・・・)
よくある、
月曜の朝の一幕でしたね。
追伸:
島田先生は、
何回言っても、
何度教えても、
ぼくを「塚原、塚原」って呼んでましたね。
誰か、過去に、
ぼくによく似た『塚原さん』でもいたんかい・・・?
目を開けたときに、
あのでっかい「白髪頭」が、いきなり視界に飛び込んでみてごらんなさいよ。
おもわずグーで「かっくらして」やりたくなっから(笑)。
追伸その2:
ちなみにね、
1989年当時はまだ、
いまでこそ若者中心に使われている、
『ウザい』も
『キモい』も
誕生しておりませんでしたとさ♪




