第43章:『オトナへの脱皮』の期間・・・?
1989年から、
1992年にかけてぼくは・・・
いろいろな『オトナのたしなみ』っちゅーものを覚えましたな(笑)。
「女あそび」もそうだし、
付き合いとはいえ、
パチンコ店や競馬場へも足を運んだ。
・・・「負け」ばっかしだったですけどね(苦笑)。
まぁ、ギャンブルにはトンと縁がなかったっすわ。
肺までは吸い込まなかったけど、
友達にタバコをもらってスパスパやってみたこともあったし、
ワインをやりだしたのもこのころかな。
「お疲れ!」なんつー言い回しを覚えたのも、このころでしたね。
農作業(= この学校では「実習」という)が終わったときに、クラスメートが発するのを、
不思議がってました。
前にも書きましたけど、
ぼくはバキバキの『箱入り息子』だったから、
バイトは父から固く禁じられていたんですよ。
・・・だから、働いてる社会人やバイトする学生がアタリマエに使う、
『お疲れ!』も、
『お疲れ様です』も、てんで知らなかったんですねぇ・・・。
(あん? なに言ってんだ、こいつら??)
って感じでしたよ。
まぁ、それでも、
『ごくろうさん』ぐらいは知ってたけどね。
(↑ 知らなきゃ、日本人じゃねーわwww)
風俗店には、父には告げず、こっそり通ってたね。
あとで書きますけど。
農作業は、
暑くてしんどくてイヤだったけど、
終わってみれば、素敵な思い出になってますよ。
こうして振り返ってみれば・・・ね。
田んぼや畑や、
季節ごとに変化し、うつろうフィールドそのものに、
解放感や趣があって、
その景色がたまらなく好きだった。
どこか、
美絵子ちゃんが暮らしていた山口セツさん宅や、
そろばん塾や駄菓子屋周辺のような「ノスタルジー」を感じさせるところがあったからかも。
んー・・・
やっぱり伝えるのは難しいね(笑)。
では、
仕事行ってきまーす❤❤




