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長い道のりの末、ようやく俺はアルディナ王国へと辿り着いた。
王都アルディナ──この国の中心にして、世界の要とも言える大都市。
城壁に囲まれ、整備された石畳の道が続く街並みは、威厳と歴史を感じさせるものだった。
賑やかな市場。各国からの商人が集まり、活気に溢れている。だが、今のこの街の盛況ぶりは、商売目的の者たちだけではない。
理由は明白だ。
継承戦のために各国から集まった子供たちで、城下町はごった返していた。
道端では剣を振るう者、魔術の腕を競い合う者、それを眺める貴族の子弟たち。
「すげえな……人の数が半端じゃねえ」
さながら祭りのような雰囲気──命を賭けた戦いに望む者たちの熱気。
ここにいる誰もが、それぞれの目的を胸に抱き、宝具の継承者にならんと意気込んでいるのだろう。
……当然、俺もその一人だ。
俺の目的ははっきりしている。
奴隷という枷を外し、この世界を生き抜くこと。
そして、復活する魔王を倒すために、宝具を手にすること。
そのために、この継承戦を勝ち上がる。
この地に集まった連中は、皆、同じ舞台に立つ者たち。
俺のライバルであり、もしかすると敵となる存在。
人混みを掻き分けながら進んでいると、ふと耳に入ってきたのは聞き覚えのある言葉。
「……なんだ貴様。ベルナート公国の奴隷か?」
俺は無意識に足を止め、声の方へ目を向ける。
そこには豪奢な鎧を纏った数人の騎士がいた。
その紋章から察するに、どうやらベルナート公国の騎士団らしい。
その前に立たされているのは、俺と同じく奴隷階級のものと思われる少年。
彼は騎士たちに頭を下げながら何かを訴えていた。
「お願いします! 私もあなた方と一緒に継承戦に参加したいんです!」
「はっ、貴様のような身分の低い者が何を言うか。どうせすぐに足でまといになって犬死にするのが関の山だろう」
「でも、僕は……!」
「しつこいな! 何度言わせるつもりだ?」
騎士の一人が少年を蹴り飛ばす。
少年は転倒し、騎士たちが嘲笑している。
「おいおい、惨めすぎるぜ」
「やはり奴隷なんてこんなものか」
……ああ、なるほど。
ベルナート公国の騎士たちは、奴隷階級の参加者を見下しているわけだ。
どうやらこの国に来ても、身分という枷は付き纏うらしい。
「クソ共が……気分が悪い」
思わず口に出していた。
「大丈夫か、立てるか?」
俺は、倒れている少年をゆっくりと起こす。
騎士たちはそんな俺を見て顔を顰める。
「何だ貴様? どこの国の者だ?」
「あんたらと同じ、ベルナート公国から来た。レオンだ」
「レオン……? 奴隷階級の分際で名を名乗るのか!」
俺の身なりを見て、すぐに理解したのだろう。
騎士たちは一斉に嘲笑し始めた。
「しかも継承戦に? 滑稽だな!」
「まさか本気で勝ち残れると思っているのか?」
笑い声が広がる。
だか何を言われようと別にどうでもいい。
「……言いたいことはそれだけか?」
俺の冷静な態度に、騎士たちはわずかに戸惑った様子を見せる。
「ふん……。我が国に恥をかかせる様なことはするなよ」
「それに貴様、名をレオンと言ったな。まさかアイリスが言っていた奴隷か?」
「アイリス様が俺の事を?」
「フン、継承戦で見かけたら助けてあげて欲しいと懇願されたよ。奴隷階級に温情をかけるような阿呆な娘が」
「ああいうのが国の品位を損ねるんだ。優秀な女だったのに落ちぶれたもんだ」
──アイリスをバカにするのか。
俺は、俺に優しくしてくれた人をバカにするやつは許さない。
人が大勢いる所で更に揉めるのは得策では無いと分かってはいながらも、冷静では居られなくなった。
俺は一歩、騎士たちに近づく。
「ギャッ!」
そしてリーダー格の騎士の手首を掴み、わずかに捻る。
「な、何をするんだ貴様─」
「……勘違いするなよ」
俺は静かに、だがはっきりとした声で告げる。
「俺は奴隷階級出身だが、貴様らの下についたつもりは無い。好き勝手言うのもいい加減にしろよ。品位を損ねているのはどっちだ?ベルナート公国の騎士が聞いて呆れる」
「ぐっ……」
そう言い捨て、俺は手を離す。
騎士は慌てて距離を取り、顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。
「お、覚えていろよ……!」
そう言い残し、騎士たちは足早に去って行った。
先程の少年も騎士に連れてかれてしまった。
辺りの人々が、呆然とこちらを見つめている。
だが、俺は気にせず、王城へと歩を進めた。
──そして、
「静まれ!」
突如、王城の門が開き、厳かな声が響き渡る。
群衆が道を開ける。
そこに姿を現したのは、一人の壮年の男。
威厳に満ちたその姿。
鋭くも慈愛を感じさせる眼光。
──アルディナ王国国王。
「貴様らよく聞け! 今より、宝具継承戦に関する重要な発表を行う!」
その言葉に、城下町が静まり返る。
いよいよ、継承戦が本格的に幕を開ける。