8話
和也視点
放課後、ホームルームが終わり、俺は昇降口へと降りる。
あの後、昼休憩が終わってもピリついた空気は変わらず、授業中でさえも俺に鋭い視線が向けられていた。
今日はいつも以上に疲れた……。早く家へ帰って、お昼寝をしたい。
そう思って、足早に昇降口を出ようとする。
「和也君!」
後方から、凛とした美しい声が響く。
振り向くと、凛華が急いでこちらに駆け寄って来ていた。
「……凛華? どうしたの?」
「一緒に帰りましょう」
「えっ?」
周りにいた生徒達の視線が一斉にこちらへと集まる。
そりゃそうだ。校内のおひいさまと地味で陰キャな俺が一緒に登下校することになればこうなる。
俺も予想していなかったから、そんな目で見つめないでほしいのだ。
「今日は、和也君の家へ夕食作りに行くって言ったよね?もう忘れたの?」
そういえば、そんなこと言ってましたね。
誰にも聞こえないように、リリィモードの凛華に小声で言われ、俺はあーと言いながら思い出す。
「ごめん、忘れてた……」
「もう……。早く帰りますよ」
不貞腐れた表情で、おひいさまモードに戻した凛華は歩き出す。
おひいさまモードで不貞腐れてるのも、すごく可愛いな……。
学校を出て、しばらく沈黙が続いた後、俺は昼休みにあった出来事を思い出し、彼女に声をかけた。
「……あの、昼休み……ありがとう」
「え?」
凛華は少し驚いた表情を見せたが、すぐに「気にしないで」と、あっさりと返す。
「……でもさ、橘のこと、ああやって言い返すなんて、すごいな」
同じ学年の生徒ですら、橘に言い返すことのできる奴は少ない。
皆、橘の事が怖くて何も言い返せないのだ。
俺に褒められた凛華は少し顔を曇らせ、冷静な声で言い放った。
「私、橘君の事が嫌いだから」
「え、そうなの?」
あまりにもきっぱりとした発言に、思わず足が止まる。
「アイツの態度や言葉が不愉快。絶対世界は俺のために回ってるとか思ってそう、後、顔が無理」
めっちゃ言うやん……この人……。
最後は偏見が混ざってるけど……、何故か納得してしまった。
「……なんか、意外だな」
「そうかな?」
「うん。凛華って、いつも誰にでも優しいっていうか……。誰かを嫌いになんてならないって思ってた」
今まで見てきた凛華は、誰とも分け隔てなく優しく接する完璧なおひいさまだった。
なので、凛華は誰かを嫌いになる事はないのかと、勝手に思ってしまっていたのだ。
「私だって、普通の女の子だよ? 誰かを嫌いになる事くらいあるよ? 私の本性を知ってる和也君ならわかると思うけどなぁ……」
確かにそうだ。おひいさまは周りから、勝手に作られたに過ぎない。
本当の凛華は、普通の女の子で、ゲーム内で馬鹿みたいに騒ぐような女の子だから当然である。
それにしても、意外と口が悪いんだな。
「それもそうか。というか、学校のおひいさまが実はこんなんだって知ったら驚くだろうなぁ」
冗談ぽくそう言うと、凛華は妖艶に微笑みながら、こちらを振り返る。
「大丈夫だよ。本当の私は和也君にしか見せないから!」
その言葉に思わずドキッとしてしまった。
今のは流石に、反則過ぎるだろ……。
その後、2人で歩いていると、凛華はスーパーの前で立ち止まる。
「夕食を作る材料を買いたいので、スーパーに寄ってもいい?」
「あ、うん! もちろん。俺も手伝うよ」
俺たちはスーパーの中に入った。
放課後のスーパーは家族連れや学生で賑わっていて、いつもの日常という感じがする。だが、そんな場所でさえ、白崎凛華が一緒にいるというだけで、俺にとっては非日常だ。
「えっと……これと……あとこれ……」
慣れた手つきで、食材を次々とカートの上に置いてあるカゴに入れていく。野菜、肉、調味料――その動きに迷いはない。
まるで熟練の主婦のようだ。
「ところで、和也君の家に調味料はある?」
「え? ないけど?」
料理をしない男の家に調味料なんてあるはずもなく。
きっぱりと答えると、凛華は呆れた表情で和也を見つめる。
「ごめん……。マジでごめん……」
申し訳なさ過ぎて、本気で謝ってしまった。
はぁ……と凛華は深いため息をつく。
「とりあえず調味料も買いに行こうか……。後、材料費は私が出すけど、調味料の費用は和也君が出してね?」
「わかりました……」
俺は凛華の言われるがままに調味料コーナーへ向かう。
「えっと……、しょうゆ、みりん……はこれで良いのか?」
「うん、それでいいよ」
適当に良さげなものを選んで、俺の持っている買い物かごへ入れていく。
意外と調味料ってたくさんいるんだな……。
「後は、塩と砂糖か……」
そう言いながら、棚に並ぶ商品を手に取ろうとしたその瞬間だった。
「……あれ、和也?」
凍りつくような声が耳に響く。
俺は恐る恐る声をした方を見る。
「……美咲?」
そこに立っていたのは、元カノの美咲だった。
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