5話
凛華視点
家に帰ってきた私は、服をハンガーに掛けると、そのままベッドにダイブする。
脳裏に浮かぶのは、ついさっきまで一緒にいた彼――和也君のことばかりだった。
「本当に、ゲームの中の和也君だったんだよね……」
枕に顔を埋めながらつぶやく。彼と会う前はどんな人だろうと少しだけ不安だったけれど、いざ会ってみると、大人っぽい優しい声と、どこかぎこちない仕草。それに、ふとしたときに見せる柔らかい笑顔が素敵だったな。
ゲームの中では、和也君は私にとって、とても頼れる人だった。チームを引っ張るリーダーシップがあって、他のメンバーをいつも気遣ってくれて、失敗しても決して責めることのない、真っ直ぐな人。
でも、現実で会った彼は、どこか控えめで、まるで自分の価値を正しく理解していないみたいだった。
でもそこが、また……可愛いんだよね。
控えめな和也君の姿と、ゲームの中での堂々とした姿とのギャップに、思わず胸がくすぐったくなる。でも、そんな彼だからこそ、私がもっと支えてあげたいって思った。
彼は、自分を過小評価してる。きっと、美咲さんと橘君との出来事がまだ彼を縛ってるんだ。でも、私は知ってる。彼には真っ直ぐな強さがあって、人の気持ちを思いやれる優しさがある。それを彼自身が気づけてないなんて……。
「リリィとして築いた信頼関係、もっと大切にしたいな……」
あの世界で彼と一緒に過ごした時間。それが、今こうして現実でも繋がってるなんて、あの時は想像もしていなかった。
でも、リリィとしての私が築いてきたものを、今度は現実でも強く、確かなものにしたい。
ただ――。
「……『おひいさま』としての私、どう見えてるのかな」
一瞬、不安が頭をよぎる。学校での私は、きっと彼から見たら遠い存在に思えるかもしれない。実際、そう思われてるかもって考えると、少しだけ胸が苦しくなった。
リリィとして彼を支えたのと同じように、現実でも彼の力になりたい。そんな気持ちに嘘はない。学校での立場なんて関係ない。私は、あのときゲーム内で悩んでいた彼を放っておけなかったのと同じように、今、孤立している彼を放っておけないだけ。
ベッドの中で丸くなりながら、彼の顔を思い浮かべる。次に会うとき、彼はどんな表情を見せてくれるんだろう。私がその隣にいることで、少しでも明るい顔をしてくれるなら、それだけで十分嬉しいな。
「和也君、また会おうね」
そう小さく呟いて、私は目を閉じた。
和也視点
昨日の出来事が、まるで遠い夢みたいに感じながら、俺は学校へ向かって歩いていた。
思えば、リリィ――いや、凛華が現実で会ってから、ほんの少しだけ心が軽くなっている気がする。昨日までの俺なら、こんなふうに前を向いて歩くことすら億劫だったかもしれない。
さて今日も1日頑張りますかー!
そう意気込んで、歩いてる時だった。
「……っ!?」
目に入ってしまったのは、美咲と橘が並んでいる姿だった。2人は親しげに会話しながら笑っていて、まるで僕に見せつけるようだった。
胸の奥に、ズキッとした痛みが走る。昨日、凛華が「気にしないでいい」と励ましてくれたのに、こんなことで揺れてしまうなんて、僕はやっぱり情けないな……。
「おはよう、和也君」
不意に明るい声が背後から聞こえたので、振り返ると、そこには制服姿の凛華が立っていた。
「……お、おはよう、凛華」
俺は慌てて挨拶を返す。昨日とはまた違った緊張感が襲ってくる。
いつ見ても清楚な雰囲気だ。
制服も着崩さず、スカートもあまり折っておらず、さらに春夏秋冬問わずに黒タイツも着用してほとんど肌の露出がない。
そういえば昨日の私服もロングスカートであまり肌の露出がなかったな……。
「ちょうどよかった。一緒に登校しない?」
え?マジ?あの学校のおひいさまと?
いやいや良いんですか?こんな陰キャがおひいさまと並んで登校して!?
「どうしたの? 早く行かないと遅刻しちゃうよ?」
困惑する俺をよそに、凛華はすでに歩き出していた。どうやら選択肢なんてないようだ。
慌てて彼女の隣に追いつく。
歩きながら、ちらちらと周りの視線が気になる。他の生徒たちが小声で何か話しているのが聞こえる。
「え、ちょっと待って、あれ白崎さんじゃない?」
「マジで? 隣にいるの、この前小林に振られた宮原じゃね?」
「何で一緒にいるの? どういう関係?」
遠慮なく飛び交う声に、俺は顔が熱くなるのを感じた。
噂になるのも無理はない。学校での白崎凛華といえば、おひいさまと呼ばれている雲の上の存在だ。そんな彼女と、俺が一緒に歩いているなんて、誰も信じられないだろう。
「なんだか注目されちゃってるね」
凛華さんが少し照れたように微笑む。
いやいや、そりゃ注目されますよ。俺も混乱してるくらいなんだから。
「ごめん……やっぱり迷惑だよね、こんなの」
俺か陰キャなせいで、こんなに注目されてしまって、本当に申し訳ない。
「迷惑だなんて思ってないよ。それに、そんなふうに謝る必要なんてないよ」
そう言ってくれる彼女の声は、とても優しかった。昨日のカフェで見せてくれたあの柔らかい雰囲気そのままだ。
でも、そんな空気も長くは続かなかった。
「おーい、和也!」
親友の西園寺啓太の声が、少し離れたところから近づいてくる。彼の顔は、驚きそのものだ。
「お前、なにやってんだよ? おひいさまと一緒とか、ついに付き合い始めたのか?」
「ち、違う! 全然そういうのじゃなくて!」
「へえ、否定が早いな~。でもさ、こんなシチュエーション、普通はあり得ないだろ?」
にやにや笑う啓太に、俺は慌てて否定するのが精一杯だった。隣で凛華がどうしているか気になってチラッと見ると、彼女は楽しそうに微笑んでいる。
「和也君が困ってますから、西園寺君、あまりからかわないであげてくださいな」
こっちはこっちで、いつの間にか喋り方がおひいさまモードになってるし。
「あ!! 白崎さんに名前呼ばれてるし! すげえな和也!!」
啓太の大げさな反応に、俺は頭を抱えたくなる。だが、その隣で凛華さんがくすっと笑っているのを見て、不思議と気持ちはそこまで悪くない。
気まずさや恥ずかしさはあるけれど、昨日と違って憂鬱なだけの朝じゃなかった。
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