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37話

橘視点


 教室に漂う祝福の空気が俺にはどうにも耐えがたい。宮原とおひいさまが付き合い始めたという噂がどんどん広まって、みんなが「お似合いのカップルだよね」とか「おひいさまの相手が宮原くんだなんて意外だけど素敵」なんて話しているのを聞いていると、胸の奥がかきむしられるような感覚に襲われる。


 俺の手は知らず知らずに拳を握りしめていた。何が「お似合い」だよ。俺のほうがずっとおひいさまにふさわしい。宮原なんかより俺のほうが……。


 もう我慢できなかった。自分の机から立ち上がり、噂話をしている連中の輪に割って入る。


「なあ、お前らさ、あの2人って本当にお似合いだと思うの?」


 俺の声に、話していた生徒たちは一瞬驚いたように俺を見る。


「え、橘君。どうしたの?」


 その反応に、俺は余計に苛立ちを感じた。


「いや、だってさ……正直言って、あんまりお似合いじゃないだろ。宮原だって地味だし、おひいさまももっとふさわしい相手がいると思うんだけど?」


 俺の言葉に、場の空気がピリッと変わった。話していた生徒たちが顔を見合わせ、そして一人が口を開く。


「……なんだよ、それ。別にお前が決めることじゃなくない?」

「そうだよね。おひいさまが選んだのは宮原くんなんだし、関係ないでしょ?」


 その言葉に、俺は一瞬言葉を失う。予想以上に冷たい視線が俺に向けられていることに気づき、心臓が嫌な音を立てる。


「いや……俺はただ……」

「ねえ、橘って、確か小林さんと一緒に宮原くんの悪口言ってたって噂になってなかったけ?」

「マジ?そういえば前に学食でおひいさまへ変なちょっかい出してたよね」


 何かを言い返す前に、彼らは俺に向けて矢継ぎ早に言葉を投げかけられ、俺の過去の言動が暴かれていく。


「和也くんって優しいし、頑張り屋だから、おひいさまとお似合いだと思う。」

「あんたこそ、もっと自分のことを考えたら?」


 その言葉に、俺はそれ以上何も言えなかった。ただその場に立ち尽くすしかなかった。


 教室のざわめきの中で、俺の中にはじわじわと絶望が広がっていく。和也と凛華の祝福ムードの中で、俺は逆に孤立していく。


 こんなはずじゃなかったのに……。どうしてこうなってしまったんだ……。


 俺は机に戻るふりをして教室を後にした。廊下を歩く足音が、自分の胸の鼓動と重なり、嫌になるくらい響いていた。









美咲視点


 廊下を歩いていると、ふと視線の先に和也と白崎さんがいるのが目に入った。二人は楽しそうに話しながら歩いていて、時折凛華が軽く肩を押したり、和也が照れたように笑ったりしている。


 その距離の近さ、自然なやり取り。まるで、周りの風景さえ二人だけの世界に溶け込んでしまったみたいだった。


「……私とはあんな風じゃなかったな」


 口をついて出たその言葉に、自分でも驚いた。でも、正直な気持ちだった。付き合っていた頃の和也はどこか遠慮がちで、私を気遣うばかりで、こんなに素の笑顔を見せてくれたことなんてなかった気がする。


 教室に戻る足を止めて、廊下の窓から外を眺めるふりをする。心の中ではさっきの光景がぐるぐると回り続けていた。


 私がもっと和也のことをちゃんと見ていれば……。


 そんな後悔の念が胸の奥を刺すように痛む。私は和也の何を見ていたんだろう。成績?外見?それともただの都合のいい存在として?


 思い返すと、和也はいつだって私のために何かをしてくれた。私が忘れ物をしたときには届けてくれたし、忙しいときはさりげなく手伝ってくれた。だけど、私はそんな和也をただ「普通」としか思っていなかった。


 一方で、白崎さんは違う。彼女は和也の努力をちゃんと認めて、褒めてあげて、支えている。そのことが、二人の距離を縮めたんだろう。それがわかるからこそ、悔しい。羨ましい。


 だけど、それ以上に自分自身が情けなかった。


「……私は、もう和也に何かを言える立場じゃないんだ。」


 そう思って、心の中で自分に言い聞かせる。けれど、和也と凛華が一緒にいる姿を見るたびに胸が痛むのは止められなかった。


 もう一度振り返りたくなる気持ちをぐっと抑えて、私は窓から視線を外し、教室へ向かって歩き始める。だけど、心のどこかで、彼らの笑い声がまだ耳に残っている気がした。

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