32話
ようやく風邪が治り、久しぶりに学校へ向かう朝。体調はすっかり良くなったものの、頭の中には別の不安がよぎっていた。
案の定、教室に近づくにつれて、俺に関する噂話が耳に入ってくる。
「宮原君、おひいさまと休んだらしいよ」
「マジ? なんで2人で休んだんだろう?」
「まさか、看病してもらったのかな……?」
本当に凛華の事ばっかりで飽きないのかな?
ため息をつきつつも気にせず教室へ入ると、何事もなかったかのように自分の席に座り、持ってきたテキストを広げた。テストまであと数日。少しでも勉強を進めておかないといけない。そう思って集中しようとした矢先、啓介が椅子を引っ張って、俺の隣に座り込んできた。
「おーい、和也。どうだったんだよ? おひいさまの看病。おかゆとか食べさせてもらったんだろ?それとも、まさか一緒の布団で――」
「は!? 何言ってんだお前!」
慌てて声を上げると、周りのクラスメイトがこちらを一瞬見る。啓介はそんなのを気にも留めず、にやにやした顔で続けてくる。
「……普通だよ。」
適当に生返事を返し、テキストに目を戻そうとするが、啓介のしつこさは留まるところを知らない。
「へぇ、普通ねぇ。おひいさまと二人っきりで、どうやったら普通になるんだよ?」
返す言葉が見つからず困っていると、ふいに静かな足音が近づいてきた。顔を上げると、そこには凛華がいた。
「これ返しますね」
彼女は俺の机の上にそっと俺のマンションの鍵を置き、自分の席に戻っていく。
「……あ、あぁ」
啓介が鍵を見つめて、目を丸くする。その視線が俺に向けられるのを感じて、嫌な予感がした。
「お、お、お……前……な、なんでおひいさまから鍵なんか渡されてんだよ? ま……まさか――」
「泊まってるんだよ、うちに。」
俺は面倒くさくなって、さらりと言ってしまった。案の定、啓介は机に突っ伏しそうな勢いで驚いていた。
「お、お前それマジで言ってんのか!? うっわ新妻じゃん、新妻! おひいさまが鍵まで預かるとか、普通に夫婦生活じゃん!」
「そんなんじゃねぇって!」
慌てて否定するが、啓介のにやにや顔は止まらない。それどころか、周りの生徒も興味津々でこちらを見ている気がする。
「いやぁ、羨ましいぜ、和也君。おひいさまって料理とかしてくれるんだろ? それで家に帰ったら『お帰りなさい』とか――」
「やめろっつってんだろ!」
顔が熱くなるのを感じながら、俺は声を抑え気味に言い返した。
「おいおい、そんなに必死になって否定すると逆に怪しいぞ?」
楽しそうに笑いながら、啓介は俺の肩を軽く叩いてきた。
「怪しくねえよ! ただ、凛華が勉強を……その、手伝ってくれてるだけだって言ってるだろ?」
何とか言い訳を並べ立てるが、啓介のニヤニヤ顔はますます濃くなっていく。
「ふーん、手伝ってくれてるだけ、ねえ。でもさ、それで家の鍵を預けるって普通か? 和也、お前の中でそれが日常的なら、すげえ生活してんな。」
「……うっ。」
何も言い返せない俺を見て、啓介はさらに嬉しそうに笑い声をあげる。
「ま、言っとくけど、おひいさまが一緒に住むほどの男になるってすげえことだぞ。ちゃんと感謝してんだろうな?」
「そ、それはもちろん……」
俺は小声で答えながら、ふと机に目を落とす。確かに感謝の気持ちはある。いや、むしろありすぎるくらいだ。
だからこそ、凛華に相応しい男になるって決めたのだ。
「お前さ」
急に真面目な口調になった啓介が俺を覗き込む。
「な、なんだよ……」
「あの人はお前が思ってる以上に周りから見られてるんだ。和也、絶対期末テストで上位に入って凛華にふさわしい男だって、他の奴らにちゃんと示せよ?」
「……わかってるよ」
冗談交じりのいつもの雰囲気から一転して、啓介の言葉は、俺の胸に重く響いた。
凛華と言い、俺のためにここまで応援してくれるなんて……。本当にいい友達を持ったものだ。
「ならいいけどさ。」
啓介はニヤリと笑いを浮かべながら肩をすくめ、元の調子に戻った。
「ま、それはそれとして、もし新妻としての生活が続いてるなら、今度俺にもコツ教えてくれよ。俺も誰かに勉強を見てもらいたいもんだぜ。」
「知らねえよ!」
やっぱりさっきの言葉撤回しようかな?
勢いよく啓介の肩を叩き返し、無理やり話を終わらせた。啓介はまたもや笑い出していたが、俺は先ほどの啓介の言葉を心の中に刻んでいた。
この作品が少しでもいいと思った方は、ブックマークや評価をしてもらえると励みになりますので、何卒よろしくお願いします。




