29話
早朝、目を覚まそうとした瞬間、全身を覆うような寒気に襲われた。
え?もうすぐ夏になろうというのに、何この寒さは……。寒気というより悪寒だな。
次に感じたのは、身体の異常な重さ。頭もぼんやりとして、まるで鉛を背負っているようだった。
なんだこれ……もしかして風邪か?
だが、凛華に心配をかけさせるわけにはいかない。なんとか体を起こそうとしたその時だった。足元がふらつき、視界が揺れた次の瞬間、俺の体は鈍い音を立てて床に倒れ込んでいた。
「和也君!?」
その音を聞きつけた凛華が慌てて部屋に駆け込んでくる。その目には明らかな動揺が浮かんでいて、まるで悲鳴のような声を上げる。
「凛華……大丈夫……」
「良かったぁ……」
片手を軽く上げて、なんとか無事を伝えると、凛華はほっとしたように胸をなでおろし、すぐに俺に肩を貸してベッドまで運んでくれた。
「本当に大丈夫? 和也君……」
「多分」
そう言いながら、凛華は俺のおでこに自分の手を当てる。
なんか、凛華の手すごくひんやりしてるな……。
「熱があるみたい……。体温計で測ってみる?」
熱を測ると、38度を少し超えていた。間違いなく風邪だ。凛華に体温計を見せると、彼女の表情が一層曇った。
「すごい熱……。今日は学校休んだ方が良いよ」
「そうだな……。とりあえず啓介に連絡する……でも凛華学校へ行きなよ?おひいさまが学校を休むなんて聞いたら、みんなびっくりするぞ」
俺がそう冗談めかして言うと、凛華は眉をひそめる。
「ううん。心配だからそばにいる。それに私がいないと何もできないでしょ?」
「ま、まぁそれもそうか」
強く口調で言い返されて、俺は何も言えなくなった。
まぁ、確かに不測の事態が起こったらまずいし凛華がそばにいてくれたらありがたいかも。
「食欲ある?」
「うん……それなりに……」
「じゃあ、おかゆを作ってくるわね。すぐ戻るから、ちゃんと休んでて」
そう言い残して凛華は部屋を出て行く。
さて、とりあえず啓介に学校へ休むと連絡を入れるか。
ベッドの横に置いてあるスマホに手を伸ばし、啓介のトーク画面を開く。
『今日は風邪で休む』
すぐに「おっけー」とだけ返事が来る。安心してスマホを閉じようとしたその時、また通知が鳴った。
『おひいさまに看病してもらえるなんて幸せ者だなー』
冷やかしのメッセージだ。
「うるさい」とだけ返してスマホを閉じる。でも、彼の言葉にまったく同感できないかと言えば、それは嘘だった。
どうせまた噂が広まるんだろうな……。少し前なら、そんな状況に嫌気が差していただろう。それが今では、なぜか嫌な気分にならない。
もう慣れてしまったからかな?
「和也君、おかゆ持って来たよ」
そんなことを考えていると、凛華が湯気の立つおかゆをお盆に載せて部屋に戻ってきた。
「起き上がれる?」
「まぁ、なんとか……」
起き上がろうとする俺をそっと支えて起こし、倒れないように背中にクッションを置いてくれた。そして、おかゆをスプーンにすくうとふーふーと冷ましてから口元に差し出してきた。
「はい、あーん」
ケーキの一件で慣れたとはいえ、やはり気恥ずかしさは消えない。でも、彼女の優しい眼差しに負けて、素直に口を開けた。
「ふふ、どう? 美味しい?」
「ああ……おいしいよ」
おかゆを食べながらふと目に入ったのは、彼女のエプロン姿だった。なんというか……やけに家庭的というか、新妻みたいというか……。
新婚生活って、こんな感じなんだろうか……いやいや、何を考えてるんだ俺!
勝手な妄想に顔が熱くなる。熱のせいだと自分に言い聞かせようとしていると、凛華がニヤリと笑って顔を近づけてきた。
「ねえ、今どんなこと考えてたの?」
その妖艶な笑みにドキッとする。
「べ、別に、なんでもない!」
「ふーん? 教えてくれないと、もう食べさせてあげないよー?」
スプーンを持った手を止め、悪戯っぽい笑顔を浮かべる凛華に、俺はもうこれ以上耐えられなくなった。
「じゃあ自分で食べる!」
そう言って彼女の手からスプーンを奪い取ると、意地になって自分でおかゆをかき込んだ。
「もう……教えてくれたっていいのに……」
凛華はぷくっと頬を膨らませ、いじけたような態度を見せる。
(この人、本当に俺のこと振り回してくれるよな……)
呆れながらも、俺は彼女の存在の大きさを改めて感じていた。
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