20話
「はぁはぁ……疲れた……」
デパートを出た俺たちは、息を切らしながら足を止めた。
さっきまでの橘と美咲との遭遇に、凛華は相当お怒りのようだ。肩をいからせたまま、ムスッとした顔で前を見つめている。
「……まったく。なんでこんな時にあの二人と会わなきゃならないの!」
「なんかごめん」
俺がそう言うと、凛華は鋭い目でこちらを睨んできた。その視線に、つい目を逸らしてしまう。
「和也君が謝る事じゃないよ。でも正直あの場で私たち付き合ってますって言った方がよかったんじゃない?」
「えっ?」
突然の不意打ち発言に、俺は言葉を失った。付き合ってる、だと? いやいや、そんなこと言ったら余計に面倒なことになるに決まってる。
「いや、それってさ……俺みたいな地味な男と付き合ってるって広まっても、凛華的に平気なのか?」
恐る恐る尋ねると、凛華は一瞬驚いたような顔をした後、ふっと表情を緩めた。
「なにそれ。和也君、自分を卑下しすぎじゃない? 私は別に平気だよ。むしろ……」
言葉を区切りながら、凛華はふわりと微笑む。
「和也と付き合ってるって思われても、全然構わないけど?」
その笑顔に、俺は思わず心臓が跳ねた。なんだよそれ……。反則だろ?
いやいや、落ち着け。これ以上何か言ったら、確実に俺が持たない。
そう思った瞬間、突然、大粒の雨が俺たちを襲う。
「うわ! マジかよ!」
「え、ちょっと待って! これ土砂降りじゃない!」
パニックになりながら俺たちは一目散に凛華の家に向かって走った。
デパートから全速力で走る事20分、ようやく凛華のマンションへたどり着く。
「はぁはぁ……やっと着いた……」
既に俺達の服は、大粒の雨によってびしょ濡れだ。
こんな事になるなら、折り畳み傘を持ってくればよかった……。
「和也君、すごい髪の毛びしょびじゃん! 早く乾かさないと!」
そう言いながら、凛華はタオルで俺の頭をわしゃわしゃと吹き始めた。
「ちょ……! 凛華! 自分で拭けるから!」
「えー、でも乾かしてもらった方が、早く乾くよー?」
すごく良い匂いだ……なんて思ってる場合じゃない。目の前には、凛華のたわわに実ったものがゆっさゆっさと揺れていて、さらに濡れた服がぴったりと肌に張り付き、透けている。白いブラウス越しに覗くピンク色の下着のラインに、思わず目を逸らす。
だめだ、こんなの見ちゃいけない。
「はい、終わり! 和也君、先にお風呂に入っても良いよー」
「わ、わかった。じゃ、じゃあお先に使わせてもらうね」
やっと終わった……。なんか見ちゃいけないものをずっと見せつけられて、すごく申し訳ない気分だ。
俺は足早に凛華から逃げるように脱衣所へと向かった。
「うわ……。財布とかスマホまで濡れてる……」
脱衣所へ着いた俺は、びしょ濡れになった服を脱ごうとする。
「和也君!」
「わ、わぁ!!」
唐突な凛華の登場に心臓が跳ね上がった。
ズボン脱いでなくて良かった……。脱いでたら大惨事だったぞ?
「そんな驚かなくても良いよ。別に気にしないから……」
「俺が気にするんだけど……。でなんかあった?」
「着替えこれしかないけど、いい?」
凛華が差し出してたのは、学校指定の体操服ジャージの上下だった。明らかにサイズが小さい気がするんだけど……。
「いや、これ絶対入らないって……」
「大丈夫。無理やり着てみてよ。似合うかもよ?」
そう言って凛華はくすくすと笑う。
まぁでも仕方がないか……。凛華の家に女性用の服しかないだろうし、贅沢は言えない。
俺はシャワーを浴びた後、凛華のジャージを着る事になった。サイズが合わないせいで袖も丈も短く、鏡を見るのも憚られる。
「ぷっ……あはは! 似合ってるじゃん!」
ジャージを着たまま凛華の待つリビングに向かうと、凛華にお腹を抱えて笑われてしまった。
乾燥機に入れた俺の服よ……。早く乾いてくれ……。
「ところで、和也君。この雨、夜中まで止まないみたいだよ?」
「嘘!?」
スマホで雨雲レーダーを確認すると、夜中まで降り続くようだ。
この雨じゃ凛華から傘を借りて、駅まで走ってもまた服が濡れてしまうし、止むまで待てば帰る電車がなくなってしまう。
「どうしよう……」
「私の家に泊まっていけば?」
一瞬、頭がついていかない。何事もなかったかのように言ったけど、泊まるって……俺がおひいさまの家に?
「いやいや、さすがにそれは……」
急に泊って行くの申し訳ない。そう思って断ろうとした時だった。
窓の外で雷鳴が轟く。その音は建物全体を震わせるほどで、普段なら気にも留めない俺でさえ、一瞬身をすくませるほどだった。
「きゃっ!」
小さな悲鳴を上げた瞬間、凛華が突然俺にしがみつく。
「え、ちょ、凛華?」
凛華の両腕がぎゅっと俺に回されている。その小さな体が微かに震えているのが伝わり、普段とは違う彼女の姿に戸惑いを隠せなかった。
相当雷が苦手のようだ。
「凛華、大丈夫?」
「無理……。お願い……今日は帰らないで……」
凛華は震える声でそう言いながら、顔を俺の肩に埋めていた。普段の強気な彼女とは思えないほど、頼りなく見える。泣きそうな顔を隠すような仕草に、俺は言葉を失う。
「……わかったよ。今日は泊まる」
搾り出すようにそう答えると、凛華はようやく顔を上げ、ホッとしたように微笑んだ。
「本当? 約束だよ? 絶対だよ?」
その笑顔に胸が締めつけられるような感覚を覚えながらも、心の中では冷静になれと自分に言い聞かせる。
だが、雷鳴が響く外の嵐と同じくらい、俺の心臓は激しく鼓動していた。
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