15話
和也視点
放課後、俺はなんとか一日を乗り切り、疲れた体を引きずるようにして帰ろうとしていた。
周囲の視線やひそひそ話に耐え続けたせいで、体力が吸い取られたような気分だ。早く家に帰りたい……。
そんな時だった。
「和也君、ちょっといい?」
その声に振り返ると、廊下の掲示板の前で脚立の前に立ち、貼り紙を持っている凛華がこちらを見ているのに気が付く。
少し困ったような表情をしている。
「どうしたの? 凛華」
「もう一人の掲示係の子が風邪で休んじゃっててさ、ちょっと手伝ってほしいんだけど……いい?」
「別にいいよ」
断る理由はなかった。俺は小さく頷いて凛華に近づく。
「で、何をすればいい?」
「私が、この上に乗るから、和也君は下で支えててくれる?」
「わかった」
脚立を支える役目を任された俺は、少し離れた位置から凛華が貼り紙をするのを見上げていた。普段の彼女とは違う、真剣な横顔が見える。そして、貼り紙を高い位置に貼ろうと背伸びするたびに、スカートが揺れて……。
あれ?ふと、ある違和感に気づいた。
今日は黒タイツじゃない……?
普段、凛華は黒タイツを履いている。それが今日に限ってハイソックスだという事実に、俺は内心驚いていた。
黒タイツなら、脚のラインは隠されていても不思議ではない。けれど、今見えているのは素肌が少しだけ覗く、ハイソックスとスカートの間のわずかな隙間――いわゆる絶対領域ってやつだ。
思わず視線が吸い寄せられる。いや、違う、これは意図して見たんじゃない。自然と目がいってしまっただけだ……と言い訳しながらも、俺の視界にはその危ういラインがしっかりと焼き付いてしまっていた。
だめだ、見ちゃいけない。
頭の中で理性が警鐘を鳴らす。それでも、一度気づいてしまったが最後、視線がなかなか逸らせない。
しかも、スカートが揺れるたびに、その先がちらりと見えそうになる。いや、実際には見えていない。けれど、この見えそうで見えないという状況が余計に俺を追い詰める。
心臓の鼓動がうるさい。冷や汗がにじむ。
落ち着け……俺……!
小さく息を吐きながら、自分自身に言い聞かせる。こんな風に凛華の足をじっと見るなんて、絶対に許されることじゃない。それどころか、彼女にばれたら完全に終わりだ。
意を決して目を逸らそうとした瞬間、スカートがふわりと揺れた。
慌てて顔をそらし、脚立をしっかりと握り直す。だけど、顔が熱い。視界から消えたはずなのに、なぜか頭の中にさっきの光景が鮮明に浮かんでくる。
「……っと!」
そんなとき、凛華が脚立でバランスを崩しかけた。
「大丈夫か!?」
慌てて手を伸ばした俺の声に、凛華は「あ、ありがとう」と軽く微笑みながら姿勢を立て直す。
俺はホッと胸を撫で下ろすと同時に、内心で自分に激しく後悔していた。
下から、女の子のスカートの中を覗くなんて最低の行為だ……。しかもそのせいで凛華が危うくけがをするところだったのだから反省しなくては……。
そんな事を考えていると、凛華がため息をついて脚立を降りてきた。まずい、見てたことがバレたのか?
俺はその顔を見ることができず、ぎこちなく視線を逸らす。
「うーん、やっぱり届かないなぁ。和也くん、代わりに登ってくれない?」
「……あ、ああ」
その言葉に、俺はようやく彼女が俺の視線に気づいていないことを悟る。心の中でホッと安堵しながら、俺は凛華に代わって脚立を登る。バレてなくてよかった……。
俺が脚立に登ると、背が高い分、作業はスムーズに進んだ。凛華が下から手渡してくれる掲示物を受け取り、テキパキと貼り替えていく。
「さすが和也くん、早いね!」
「ま、まぁね」
下から見上げる凛華の声に少し照れくささを覚えつつ、俺はなんとか掲示物を全て貼り終える。
「ありがとう、助かったよ」
脚立を降りると、凛華が笑顔でお礼を言ってくれた。その笑顔が眩しすぎて、今の俺は直視できずに「ああ」とだけ返事をすることしかできなかった。
掲示物を貼り終えた俺達は、昨日と同じように二人並んで学校を出る、するとふと凛華が何かを思いだす。
「そういえば、今夜ネトゲのイベントだよね?」
「ああ、そうだな」
「一人だと時間かかるから、手伝ってほしいな」
目を輝かせながら、凛華はお願いする。
まぁ俺も、帰ったら周回する予定だったし、丁度いいか。
「分かった。できるだけ早くログインするよ」
「ありがとう! 楽しみにしてるね」
駅に着き、俺達は別れようとすると。「あ、そうだ」と言いながら、凛華がふいに足を止めた。そして、悪戯っぽい笑みを浮かべながらこちらを見上げる。
「あんまり、女子のスカートの中を下から覗かない方がいいよ?視線バレバレだからね」
え……?
一瞬、頭が真っ白になる。凛華はそのまま「じゃあね」と言い残して駅の改札へと走っていく。
俺はその場に立ち尽くしながら、恥ずかしさと焦りで顔が真っ赤になるのを感じていた。
「……バレてたのかよ……!」
帰り道の静かな夜風が、俺のほてった頬にやけに冷たかった。
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