14話
橘視点
放課後、俺は、美咲の肩を軽く抱き寄せながら歩いていた。柔らかい髪からふわりと漂う甘い香りが心地いい。俺がクラス一の人気者として君臨するのは当然のことだが、その俺の隣にいる美咲もまた、その美貌でクラス中の注目を集めている。付き合い始めたときは周囲からの羨望の視線がくすぐったかったが、今ではもう慣れたものだ。
「それでさ、今日の噂、聞いた?」
美咲がふいに声を上げた。その声色には、どこか含み笑いが混じっている。
「ああ、あれだろ? おひいさまと宮原が一緒に買い物してたってやつ」
俺は鼻で笑った。昨日美咲からその話を聞いたとき、驚きはしたものの、同時に笑いが込み上げてきた。あの冴えない陰キャがおひいさまと一緒にいたなんて、どう考えても滑稽だ。
「本当にいい気味よね」
「まあ、どうせ罰ゲームかなんかだろうよ」
「そうよね。ありえないし」
そう言いながら、俺たちは顔を見合わせて笑った。だが、俺の中に1つの疑問が頭に浮かび上がってきた。
「けどさ、なんでわざわざ2人で一緒に買い物なんてしてたんだ?」
確かにそうだ。罰ゲームなら、2人で買い物なんてしないはずだ。
なら、なんで一緒に買い物していた……?
「まさか……。和也の家に行ったとか?」
その可能性が脳裏をかすめた瞬間、俺の胸の奥で何かがチクリと痛むのを感じた。それが嫉妬だと気づくのに時間はかからなかった。
「そんなわけないじゃない! おひいさまが、和也の家に? ありえないから」
即座に否定し、美咲は俺の腕を軽く叩いた。その愛らしい仕草に、俺はほんの少しだけ安堵を覚える。
「ま、そうだな。おひいさまがあんな地味なやつと、どうこうなるわけないしな」
俺が同意すると、美咲はほっとしたように頷き、唇に笑みを浮かべた。
「だいたい、あの噂もすぐにおさまるでしょ。どうせ周りから『罰ゲームだったんでしょ?』って馬鹿にされるだけだし、宮原なんてもっと孤立するんだから」
「はは、確かにな」
彼女の言葉に俺も笑みを返す。そうだ。宮原みたいな奴が、俺たちの領域に足を踏み入れられるわけがない。
陰キャは陰キャらしく、1人寂しく孤立していればいい。
そんなことを思っていると、美咲がふいに俺の腕に手を絡めてきた。
「それより、橘くん」
「ん? どうした? 美咲」
美咲の声が少し甘くなった。俺の胸に顔を寄せながら、囁くように言葉を紡ぐ。
「今日、私の家、親がいないの」
その言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「マジかよ……!」
高ぶった俺は美咲を見下ろし、その瞳の中に浮かぶ挑発的な光に思わず唾を飲み込む。
「ふふっ、どうする?」
「……決まってんだろ。行くに決まってんじゃん」
何も迷わずにそう答えると、美咲は満足げに笑い、そのまま俺の腕にしがみついてきた。その柔らかさと温もりに、俺の心は高鳴るばかりだった。
今日の夜はいつもより長くなりそうだな。
俺たちは寄り添いながら、ゆっくりと美咲の家へと向かった。その途中で聞こえる噂話なんて、どうでもよかった。今、俺の頭の中を占めているのは、美咲と二人きりになる時間のことだけだった。
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