13話
和也視点
朝、教室に足を踏み入れると、なんとなくいつもと違う空気を感じた。何人かのクラスメイトがちらちらと俺の方を見ては、ひそひそと話している。
今日はいつも以上にひそひそされてる気がする?と思いつつ席に着くと、啓介が小走りで俺の元にやって来た。
「和也、お前昨日、凛華さんとスーパーにいたって本当か?」
「え?」
思わず間抜けな声が出た。
「誰かに見られてたみたいで、今、学校中で噂になってるぞ。おひいさまとお前が一緒に買い物してたって」
「マジかよ」
まさか見られているとは……。うかつだった。もっと周りを気にしておくべきだったな。
ちらりと凛華の方を見ると、予想通り女子生徒たちが彼女の席に集まっている。
「どうして、あんな地味な宮原君と一緒にいたの?」
「もしかして罰ゲームとか?」
言いたい放題言ってくれるな……。
だがそれよりも、俺のせいで凛華がこんなこと言われるなんて……という気持ちの方が強かった。
でも、その瞬間、凛華が毅然とした声で言い放った。
「そんなことないですよ。たまたま出会って、ちょっと買い物を手伝ってもらっただけです。それに、和也君は優しくて努力家。誰にでも親切で、気遣いができる素敵な人ですよ? そんな酷い事を言ってはいけませんよ」
その言葉に、女子生徒たちは何も言えなくなったようだ。
自分の席に座ったまま、そのやり取りを聞いていた俺は、胸の中に複雑な感情が渦巻いていた。
申し訳なさと嬉しさが入り混じっている。俺なんかのために、凛華があんな風に言ってくれるなんて……。
昨日はああいう風に凛華が言ってくれたけど、周りから見れば、やっぱり「自分は彼女にふさわしくない」って思い知らされる。彼女は特別で、俺はただの地味な男子だ。
だけど、彼女の言葉が俺の中に響いているのも事実だった。少しだけ、ほんの少しだけ、自分に自信が湧いた気がした。
昼休憩になっても、教室のざわつきは収まらない。居心地が悪くなった俺は弁当を手にして教室を出る。
向かった先は体育館裏。誰もいない静かな場所で、1人で昼食を取ることにした。
コンクリートの階段に座り、昨日、凛華が作ってくれたおかずを詰めた弁当を一口頬張ると、昨日と同じ優しい味わいが広がった。この味のおかげで、少しだけ気分が少し和らぐ気がする。
「ここにいると思った」
突然声がしたので、振り返ると、凛華が微笑みながら立っていた。
「え、なんでここに?」
「教室にいないから、探しちゃった」
そう言いながら、凛華は俺の隣に腰を下ろす。
俺を探し回っていたのか……。
心配して探してくれたことに嬉しく思うと同時に、申し訳ないという気持ちも湧き上がってくる。
「ごめん、俺のせいで迷惑かけてしまったよな……」
頭を下げて謝ると、彼女は柔らかく笑う。
「本当に迷惑だと思ってたら、こうして一緒にいないよ。それに、和也くんが気にするほどのことじゃないから」
その言葉に、心が少し軽くなった。
今までこんな事言ってくれる女の子は、誰一人としていなかったからだ。
美咲でさえ、こんな事を言ってくれたことはなかったので、なお一層嬉しかった。
「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ……」
そうお礼を言うと、ふと、凛華の視線が俺の弁当に向く。
「これ、昨日、私が作ったおかず?」
「うん、弁当に詰めさせてもらったんだ。すごく美味しいよ」
「そうなんだ。食べてくれてるの、すごく嬉しいな」
少し顔を赤らめて、凛華は嬉しそうに笑う。
作ってくれたおかずを弁当に詰めて来て良かったな。
「でも、少ないね。その量じゃ足りないんじゃない?」
「そうかな?」
確かに、簡単に詰めただけだから量は控えめだ。
俺が苦笑していると、凛華は自分の弁当を開け、箸で自分のおかずを掴むと、あろうことかそのまま俺の口元に差し出してきた。
「え……、ちょっ……!」
「私の分も分けてあげる! ほらあーん、して?」
突然の行動に、俺の脳は完全にフリーズした。周りに誰もいないとはいえ、これは刺激が強すぎる。
こんなに大胆な人だとは思わなかった……。
そんな俺を見て、凛華はこらえきれずに笑いだしまう。
「ふふふ。冗談だよ。でも、これどうぞ。食べて?」
くすくす笑いながら、凛華はおかずを俺の弁当箱にそっと移してくれた。その気遣いに感謝しつつ、俺は小さく頭を下げる。
「ありがとう、凛華」
「いいよ。それよりもちゃんと食べて元気出してね」
彼女の優しい笑顔で、俺は少しずつ元気を取り戻すのだった。