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#02 王城パーティ



ザーリンからクレスティアまでは戦争で荒れたままの街や整備された街道を通るために遠回りする必要があったため、日を跨ぐ大移動となった。

クレスティア側のご厚意で宿も用意してくださった。


遣いの者がパーティ会場まで案内をしてくれる。

美しい演奏音と共に大きな扉が開け放たれると、待機していた招待者たちが流れ込んでゆく。

立派な城壁や、内装には豪華な装飾が誂えられていて、ザーリンでは到底なし得ない規模の大きさに圧倒される。

内部へ入ると、各国から招待されたご令嬢、王子などが勢揃いしていた。

煌びやかな衣装を身に纏う彼らの中で、私はどちらかというと主張をしないドレスと、装飾を身に纏って、メインホールの端で乾杯のドリンクを受け取った。

決して中央へは行かないこと、それが、父からの言いつけだった。

定刻になると、壇上に一人の男性が現れる。

誰もがその足音に耳を傾け、美しい所作、そして手つき、整った顔立ちに見惚れて言葉を失う。


「あれがアラン・クレスティア王ですわ」

「まあ、噂通り素敵な方ですね」


周囲の女性たちが小さな声で話していると、他の王子たちもざわつきだす。

クレスティア王のが手を二度叩くと、彼らの声が一気に止んだ。


「本日は、お足元が悪い中ご足労いただき大変感謝する。各国、様々な事情がお有りかと存じる。中には古くから親交を深める旧友同士、友であったにも関わらず、争い合い、憎しみあった敵国同士、他国の争いに巻き込まれた者、思いは様々だが、私は民を巻き込んだ二年前のヘルゲート戦争のような戦いはもう二度と起こさぬため、このような場を設けさせていただいた」


クレスティア王の凛とした声があたりに響く。

皆、彼の真剣な演説に聞き入っていた。


「国とは民のものだ、戦いは民を不幸にする……我々は同じ大地に住む同士である。クレスティアは同士である貴殿たちと、戦争の起きない、人々が豊かに暮らせる世界を創ることをここに宣言する!」


クレスティア王の元に側近がグラスを差し出す。

それを受け取る所作や視線、全てが滑らかだ。

この世界の頂点に立つに相応しい王としての貫禄を感じる。

皆が彼と同じようにグラスを掲げると「乾杯」という言葉を合図に参列者は次々沸き立つ思いと共に乾杯をした。


「乾杯!我々も、クレスティアと同じ未来を望みます!」

「アラン様、我が国も是非ご協力させてください!」


今世紀最大の戦争、ヘルゲート戦争を鎮めた男に逆らう大馬鹿者など、この城内にはいる筈もない。

皆が乾杯のドリンクを口に含むと、私は少しずつ後ろへ下がって会場の最も端の方へと移動する。

そして大きなため息を吐く。


(クレスティアの望む未来には、私のような者は……)


周囲ではどこかのご令嬢や、王子たちが何人かで顔を合わせて挨拶を交わしている。


「初めまして、どこかのご令嬢ですか?」

「あ、はい、ザーリンの、者でございます」

「左様でございましたか、私はグレンと申します、ここまで多くの王族が集まるのは初めてのことで、私も驚いていて」


グレン・サンダレイン。

帝国に属していた強国のひとつだ。

クレスティアとは戦時中相対した因縁があると言うが、絶えず柔らかい笑みを浮かべる彼からそのような負の感情は見受けられない。


「クレスティア王のご尽力ですね」

「あっ、もしかしてあなたも独り身のアラン様を狙っておいでで?」

「え!いえ、あ、ありえません!」

「そこは何も恥ずかしがらずとも、女性なら誰もが望んでいることですよ」

「私には分不相応ですから」

「そうですか……?」


何が面白いのか、グレン王子はくすくすと笑みをこぼしながら私と話をしている。

会場の端っこで、こんな私と話しても退屈な筈だ。

間をもたせるためにグラスを口につけると、甲高い女性の声がグレン王子を呼ぶ。


「グレン王子、お久しぶりです」


クレスティアに敗戦したとはいえ、終戦後も強固な戦闘力と、数々の名産品を産出するサンダレイン王国の嫡男となれば、引くて数多だ。

私のような隅で細々としている者に声をかけてくださったグレン王子の周りに多くのご令嬢が集まってきた。

こんな公の場は初めてのため、事前に勉強をしていたとはいっても慣れない。向いてない。

肩を抱くように萎縮して、皆がグレン王子に気が向いている間にその場を離れた。


———中央広間で男女ペアになって踊る人々を見つめる。

私も、あんな風になれたら……などと淡い希望は、きっと叶わない。

またもや端で会場を回っているメイドに差し出していただいた一口サイズのケーキを食べる。

ここで出される料理も、どれも一級品だ。

特にケーキなんかは、とても腕の良い職人がいるのだろう。

無限に食べてしまいそうだと、二度と食べられないであろうお味を堪能する。

暫し端っこのテーブルで、柱の影に隠れてケーキばかり食べていると、足音が聞こえてきたので慌ててフォークをお皿の上に置いた。


「あ」


あの時、ドレスを見に行ったときに助けてくれた黒髪の騎士だ。


「あ、え、と」

「ずっと隅で動かない女がいると聞いてみれば」


彼は私の隣で腕組みをして壁に背を預けた。

王家直属の騎士ではないのだろうか、来客の前でもやはりこの男は少し乱雑な態度でいる。


「アランが周辺諸国の者たちと親交を深めようと企画した場だ、お前も前に出ないと俺が怒られる」

「……私、この場にいるのもおかしいくらいの人間ですから……クレスティア王には認知もされていないと思います」

「あいつは参列者の顔も名前も全員覚えてるぞ」

「でも……この場に相応しくないのは事実です」

「……のわりに、シェフご自慢のデザートはずいぶん気に入ったみたいだな」

「えっ!わ、わっ、これはっ!」


慌てて弁明しようとすると、思わぬ横槍が入った。


閃夜(せんや)!ちょっと来てくれ!」


衛兵が彼の名を呼んだのだ。

名前を呼ばれて反応した黒髪の騎士の名は、閃夜(せんや)と言うそうだ。

珍しい名の響きを聞いて、隣に立つ彼を見上げる。


「今度はなんだ……」


社交の場だというのに、後頭部の髪をかき乱しながら衛兵についていった。


その後は彼のように隅でじっとしている私を指摘する者は現れず、会場に並んでいたスイーツを大方食べ終えると、執事が配っていたドリンクを一口口に含んだ。

飲み込んですぐ、アルコールの独特な匂いが鼻について口を片手で押さえる。

サイドテーブルの上にグラスを置き、一口飲んだだけでほろ酔い気分になってしまったため、中央広場を出て外庭へ移動した。


お酒に強くない事はもちろん知っていたのに、つい気が緩んで口にしてしまったことを反省する。


四季折々の花が彩る庭園。春の桜、夏の紫陽花、秋の紅葉、冬の椿。どうやらこの城の庭園は魔法によって管理されているようだ。

歩けば歩くほど季節が一巡りするような、特別な庭園を眺めていると、だんだん気持ちが浮いて足取りが軽くなっていく。


「……すごい、このお庭」


こんなに一人でゆっくり歩いて、心地よい場所は初めてだ。


「きゃっ!」


解放されたような気持ちになって浮き足立っていると、綺麗な花に気を取られてよろめいた体が何かにぶつかる。

顔を上げると、乾杯の音頭をとっていたアラン・クレスティア様だった。


「あ、わっ!申し訳ございません!」


両肩に触れる彼の手から即座に離れ、お辞儀をする。

クレスティア様は怒りも、笑いもせず、ただ真顔で私の顔を見つめて口を開く。


「ミュレット・ザーリン……か」


思い出すのは、閃夜(せんや)が言っていた参加者の顔も名前も、彼は覚えていると言うこと。


「……あ、う、……はい」

「踊らないのか?」

「も、もう十分…!たくさん、踊らせていただきましたし」


私がどんな過ごし方をしていたかまでは知らないだろうと嘘を述べる。

目は合わせられなかった。

これほどまでに端正な顔立ちをした素敵な男性と、二人きりで面と向かって話をすることなど初めてだった。


「……一度も踊らず、隅でずっとケーキを食べていた」


驚きを隠せず小さな声が漏れる。

クレスティア様は真顔を貫いたまま「参列者の皆がどこでどのように過ごしていたかは、大体知っている」と、淡々と話す。


「ここへ招待した者は一人残らず楽しんでもらいたく、これだけ豪華な会を用意したのだが……貴方には物足りなかったか?」

「え、あ、いえっ!とても素敵なものでした、私には勿体ないほどに、お宿までご用意してくださって、おもてなしを頂きありがとうございました……ケーキも、とても、食べたことのない上品なお味で、美味しくて……このお庭も……」


そばに咲く花々を見やる。こんなに素敵な庭園も、初めて見た。

本当にここに来て嬉しかったことを言葉にしてみたが、クレスティア様は相変わらず表情を崩さないため、どう思われているのか分からない。


「平和な世界をつくりたいというクレスティア様のご意志には、とても感銘を受けました」

「……この国は大きな力を持っている、だが力とは戦うためにあるものだ、自分で平和を提唱しておきながら、矛盾しているとは思うが」


力とは、戦うためにあるもの。

平和のためには、不要なもの。

私は、このお方が望む世界にとっては不要なもの。

彼はそんなことを言っていないのに、そう言われているような気がした。


「でも、きっと、皆が恐れるものでないと、戦いは止められなかったのだと思います」


まるで悪あがきのように、自分が存在する意義をあげる。

クレスティア様はようやく、ほんの少し口元を緩めて私を見る。


「では、貴方は私が怖いと?」

「あ、えっ……!?」


そういう意味では言ったのではないのにと、失礼なことを口走ってしまったことに後悔する。


「ちがい、ます」

「何が、どう違う?」

「……む、無差別に、振りかざすことも……されておりませんし、力を制するだけの実力をお持ちだと、思うから……誰かを、きっと、傷つけない、と」


全部、全部私が私を否定するための言葉の羅列。

辛い。苦しい。

胸が締め付けられる。


「私は誰も殺さず、戦争を終わらせたわけではない」


強く芯の通った声にはっとする。


「誰かの命を奪い、領土へ不当に侵入した。帝国には随分と嫌われているがな」

「でも……そう仰られると言う事は、奪った命への敬意も持っていらっしゃるからだと、思うのです」


下を向けば嫌になるほど目に入る、地味なドレス。

こんな姿であの素敵な広間の中心で踊らないのかと聞かれるなんて、酷い話だ。


「どうして、私なんかに、招待状を……」

「ザーリンは何かを隠している、ただの勘だが……調査をさせれば、聞いたことのない名の姫君が現れた……かと思えば、パーティではわざとらしくランクの低いドレスで参列し、私へ媚を売ることもしない、年頃の娘が、社交会の場で常に隅の方で動かず、自ら他の王子へアピールもしない、おかしな話だな……貴様、何を狙っている?」


身も凍るような威圧感。

心臓の音が早くなる。

凍てつくような視線と、空気が振動するような殺気に、恐ろさのあまり体が小刻みに震え出す。

耐えられなくて、ゆっくりと涙が両目から一粒落ちると、タガが外れたようにどんどん溢れ出す。


「わ、わたし、は……」


あなたの望む夢の前には、不要な存在です。

そう言いかけて、ごくりと飲み込む。

何も言えず、俯く。


「この女を拘束しろ」


冷たい声でこの国の王が命令すると、衛兵に両腕を縛られて城の奥へと連れ込まれることになってしまった。


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