#01 パーティの招待状
この世界で最も巨大な力を持った国、ラヴァス帝国。
国と国同士の諍いは小競り合いを行う程度であったが、皇帝陛下が病床に伏せると、世代交代となった後ラヴァス帝国は領土拡大と資源占有のために進軍を開始した。
これに抗った周辺諸国は当然一丸となって狼煙をあげた。
しかし、強大な力を持つ帝国に対抗する力も虚しく、人々は戦禍から逃れようと逃げ惑い、隣国へ亡命するも受け入れられず、生きる術を失う民が相次いだ。
そこで、立ち上がったのがアラン・クレスティアという一人の王子だった。
戦争で国王と妃を失ったクレスティア王国の新しい王となった彼が立ち上がった
大地に幾千万の炎が降り注いだ時、そこに三体の龍を従えたアラン王は、ラヴァス帝国が広げた戦乱を鎮圧したのである。
そして、彼は各国に降り注いだ帝国の残火を全て踏み消した。
かくして、唯一の戦勝国となったクレスティア王国は帝国及び周辺諸国から恐れられ、民からは賞賛される存在へとなっていったのである。
*
とても優しく、美しい母に大切に愛されてきた私は、現国王である父にも大変可愛がられて育った。
産まれた時から母と同じ透き通った水色の髪と蒼い瞳は、日の光が当たると煌めいて宝石のようだと称賛されていた。
しかし、七歳の頃、母が病で亡くなるまでは———
ベッドの上で横たわる母の手が冷たくなるのを感じた私は、悲しみのあまり涙が止まらず、母がいなくなるのならば一緒に死んでしまいたいとすら考えた。
シーツの上を濡らす私の肩を、父が優しく叩いた。
その拍子に、父の手から黒い何かが湧き立ち、それは記憶となって私の頭に流れ込んできた。
母をひたすらに言葉の暴力で殴る父の姿だった。
涙がぴたりと止まる。父の顔を見上げる。
父は、涙なんか一滴も流していなかった。
「どう、して……」
私に微笑みを向ける父は、偽りだったのだと気づくと、足元に巨大な魔法陣が発現し、部屋の中を紅蓮の業火が覆い尽くす。
「見たことのない魔法陣だ!」
「火を消せ、このままだと城中灰になるぞ!」
周囲に待機していた騎士によって、火はなんとか消化されたが、父は頬に軽い火傷を負ってしまった。
そして、母の遺体はほとんど焼けこげてしまった。
母からの遺伝で生まれつき強大な魔力を体に宿していたものが、その時目覚めたのだ。
何度「ごめんなさい」と謝っても、顔に一生消えない火傷の跡が残った父は冷たい目で私を見ていた。
その時幼いながらも分かったことは、母も大きな力を持っていたから、父に蔑まれていたのだと言うことだ。
それから私は城の片隅に幽閉されるように、小さな部屋の中に閉じ込められる生活を何年も過ごしていた。
そして、十四歳になったある日、城中の者が安堵したような顔つきで「戦争が終わった」と言っているのを小耳に挟んだ。
その時には、自分の力のことを理解してある程度手中に収めていた私は、記憶を見通す力を使って周囲の状況を観察していたのだ。
クレスティア王国の新しい王が激化していく終焉戦争を止めた。
要約をすると、そんな話だった。
それから二年後、十六歳になった頃、父から執務室へと呼び出しがかかった。
何とまた蔑まれるのか、どんな目で見られるのか。
恐れながらメイドの後へ続く。
この城に居る者は、皆私のことを恐ろしものを見るような目で見る。
我が国に存亡の危機が訪れた時、私の力を使うつもりだったと言うことも知っている。
帝国が降らした火の雨を、我々も降らせることができるのだと。
「ミュレット、お前の存在は他国にひた隠しにしてきたが、どこからか情報が漏れ、こんなものが届いた」
クレスティア王国、王城パーティ招待状、そう書かれた書簡。宛名はミュレット・ザーリン———
とても豪華な装飾が施されている。
「わ、私は……ずっと、部屋にいました」
「そんな事は分かっている……差し詰め、クレスティアの王が手を回してきたのだろう、あそこには手練の傭兵が居ると聞く」
暴走するラヴァス帝国を静めたクレスティアの龍に付随して、噂が広まったのはアラン王が呼び寄せたという傭兵の話だ。
「この招待状、燃やすわけにもいかん、よいかミュレット、この王城パーティは例え誰かに誘われようとも踊ってはならない、決して目立たず、出席したと言う事実のみを持ち帰ってくるのだ、もし、貴様の忌まわしい力を公にすれば、この国は終わる。クレスティアの龍によって我が国は更地となるだろう」
そうなれば、私の居場所はどこにもなくなる———
王城パーティは一ヶ月後、そのために、母が亡くなってからこれまで全く指導をされなかったマナー、立ち居振る舞い、そして目立ちすぎない無難なドレスやアクセサリーの選定と、街の外に出る機会が少しずつ増えていった。
無難なドレスやアクセサリーというものを選ぶのは、特に難航したため、様々な服飾店を巡る必要に迫られてしまった。
指定されたローブを羽織り、馬車へ隣町まで訪問しなければならない日もあった。
「素敵です、この宝石、とってもきれい」
美しく光るダイヤモンドが飾られたアクセサリーを見つけて、立ち止まる。
商店街の一角で足を止めると、護衛の者が「ミュレット様、寄り道はいけません」と冷や汗を垂らしている。
「……はい」
こんなにも外へ出かけることなど初めてだから、浮かれる気持ちはそう簡単に抑えられない。
護衛の者の後ろをついて歩いていると、ようやく目当ての店へとたどり着いた。
「少しここで待っていてください」
扉の横に立たされると、大人しくそこに足をそろえて待つ。
店の中へ護衛が入ると同時に後ろから誰かに口を覆われて暗い路地裏へ引き込まれてしまった。
手足を動かして抵抗を示そうとしても意味がない。
目の前がどんどん薄れて見えなくなっていく———
目を覚ますと、頬が冷たい感覚がする。
冷たいレンガの地面に触れて、横たわっているからか。
目線を上げると、目の前には人がたくさん横たわっていた。
「お前らに命令したのは誰だ?」
黒い髪の、騎士のような格好をした男が、血を流して倒れているローブを着た謎の男の胸ぐらを掴んでいる。
「い、いえぬ……」
「……言わんでも分かってんだよ、こっちは」
黒髪の男が手を離すと、ロープの男は頭を地面に打って気絶した。
黒髪の男は、ラヴァス帝国の名産品である、刀という武器を鞘に収めると、私の元へ近づいて、目の前でしゃがみこむ。
仕草や立ち居振る舞いは乱雑な男だが、美しい顔立ち、切れ長の目、宝石のように美しい青い瞳。
見惚れそうになって息が止まる。
「おまえが、ミュレット?」
「は、はい……」
男の手が首筋に触れると、体が小刻みに震えていることを自覚する。
殺されるのだろうかと、硬く目を閉じる。
「ザーリンの秘宝」
驚いて、目を開ける。
彼が首から手を離すと、不思議と体が少し軽くなったような気がした。
「アランが言っていた、ザーリンは何かを隠してる。それがお前か?」
「え、あ……そんな、そんな、素敵なものじゃ……ない、です」
私なんて、宝と呼ばれるに値するような人間ではないと、俯く。
思い出すのは、自ら焼き焦がした大好きな母の遺体。
「お前の首に拘束の魔法がかけられていた、解除してやったから、好きなところに行くといい」
彼は私の手を取って立たせてくれた。
"好きなところ"と言う言葉が引っかかった。
私に居場所なんて、一つしかないのに———
背中を押してくれた彼がなぜ私を助けてくれたのか、一体どこの誰なのか聞けぬまま、私は護衛と離れ離れになったお店へと戻ることにした。