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第9話 久しぶりに幼馴染と――

 比較的日差しが強い昼休み。

 ここは学校敷地内のグランド。

 陸上部が普段から練習をしている場所である。

 さっさと昼食を終えた瀬津夏絆(せつ/なつな)は、更衣室でジャージに着替えてきて、またグランドに戻ってきていた。


「あんたはどうする? 一緒に練習する?」

「俺はいいよ。陸上部でもないし」


 高田紳人(たかだ/しんと)はグランドの端に設置されたベンチに座り、昼食をとっている最中だった。

 走り込む気すら起きないのだ。

 今はゆっくりと食事をしたい気分なのである。


「そういや、俺、ここにいる必要性ってある? パンも購入したし、食べ終わったら教室に戻ろうとしてたんだけど」

「あるの。責任を感じてるなら、最後まで付き合ってくれるよね?」

「付き合う?」

「そ、そうよ。練習に付き合ってってこと。あんたが何もしないなら、タイムでも計って」


 そう言って彼女は、ジャージのポケットからタイムウォッチを取り出し、紳人の胸元に押し付けてきたのだ。


「君は休まなくてもいいの? さっきパンを食べたばかりで」

「大丈夫、慣れているから。私、あまり時間を無駄にしたくないの。だから、こうして昼休みの時間を使って走り込みの練習をしてるんだけどね。あんたにはわからないと思うけど。私は真剣なの!」


 夏絆は向上心を持ち、語気を強めて言い放つ。

 それから彼女はグランドのトラック近くへと向かい、そこで背伸びをしたり、簡単なストレッチをして、体を整えていた。


 夏絆はトラックのスタート地点に佇み、深呼吸をしている。

 彼女の表情からは一切の迷いは感じられなかった。


 ベンチに座っている紳人に対し、今から走るからと大声で一言告げた後、彼女は走り出す。

 その時、紳人はハッとし、手にしていたタイムウォッチのスイッチを遅れながら押すのだ。


 ヤバ……大丈夫か……いや、大丈夫じゃないよな。


 モヤモヤした気分を抱いたまま、紳人は彼女が走っている姿を見ていた。

 それと同時に、夏絆の胸が揺れ動いていることに気づいていた。

 ジャージを着ているがゆえに、そのおっぱいの上下運動が凄まじかったのだ。


 卑猥な妄想を膨らましている間に、夏絆はゴール地点に到着していた。

 紳人は咄嗟にスイッチを押す。

 タイムを確認すると、世界記録に近い、10秒99だった。


 これ、もう一回計った方がいいよな。




「ねえ、どうだった? 私、全力で走ったんだけど」


 歩み寄って来た夏絆に、ベンチに座ったままの紳人は表示されている状態のタイムウォッチを渡したのである。


「え……これ、本当?」

「……俺、少し遅く押してしまって」

「もう、なに。私、頑張ったんだけど。まあ、いいわ。もう一回走るから次こそはちゃんと計ってよねッ!」


 彼女から強く念を押された。


「わ、分かった。次は気を付けるよ」


 夏絆は腕のストレッチをしながらスタート地点へ向かって行く最中。紳人は彼女の背を見ながら、リセットボタンを押すのだった。




「今日はここまで」


 今、午後の授業が終わり、教室内も次第にざわめき始めていた。

 あとは帰るだけで、紳人は席から立ち上がって今日の課題を通学用のリュックにしまっていた。


 ふと、とあることが気になり、紳人は彼女がいるところを見やった。

 彼女とはクラス委員長の藍沢花那(あいざわ/かなん)の事であり。彼女は壇上前にいる担任教師から委員長としての業務を渡されていた。クラスメイトが教室から出て行く中、彼女は席に座ったまま机に広げた用紙と睨めっこしていたのだ。


 紳人は彼女に対し、特に話しかけることなく、花那の背をチラッと見やった後、教室を後にした。

 廊下を歩き始めた頃合いだった。


「紳人、約束通り一緒に帰ろ」


 セミロングヘアを揺らしながら駆け足で歩み寄って来た幼馴染の中野夢月(なかの/むつき)から誘われ、紳人は迷うことなく頷いた。

 今日は特に大きな用事もない。

 二人は会話をしながら街中へ向かう事にしたのだ。




「ねえ、紳人はどこに行きたい? 私、どこでもいいよ」


 街中。

 アーケード街を歩いていると、隣にいる彼女から話題を振ってくる。


「どこでも? 俺もどこでもいいけど。夢月は行きたいところってないの?」

「私、紳人が行きたいところなら、どこでもいいんだけどね」

「じゃあ……夢月のバイト先とか」


 紳人は考え込んだ後、提案を口にした。


「え⁉ そ、それはちょっと」


 隣を一緒に歩いている彼女は動揺していた。


「疚しいことがあるとか?」

「そうじゃないけど……心の準備が出来てないし。その、バイトの休みくらいは気分を変えたいの。だから、バイト先は無しってこと!」


 夢月は強引な言い方をし、頬を真っ赤にしたまま駆け足で先へと進んでいく。


「紳人、早く来て」


 彼女は立ち止まり、振り向いて問いかけてくる。


「行き先が決まったの?」


 紳人は小走りで彼女の元へ急いで向かう。


「今から行きたいところが見つかったの。ついて来て」


 彼女はまた先へと進んでいき、紳人も幼馴染を追いかけるように街中を走り出すのだった。




「ここってどう? 私、以前から来てみたかったところだったの。店内も可愛らしいでしょ?」


 二人は今、ドーナッツ専門店を訪れていた。

 店内には、ドーナッツがデフォルメされたぬいぐるみがマスコットのように壁際に置かれている。


 店内の窓側の席にいる二人は、テーブル前で向き合うように椅子に座っていた。

 この場所は全国チェーン店らしく、色々なドーナッツを揃えている事で有名なお店だ。

 今日はキャンペーン中で、ドーナッツ一個あたり一二〇円らしい。


「紳人はどれにする? 私ね、これが好きかも。でも、こっちも捨てがたいかも」


 夢月はテーブルに広げたメニュー表を見、好きなドーナッツを選んでいた。

 彼女は数秒ほど考え込んだ後、チョコファッションやエンゼルフレンチを食べたいらしく、その二つとコーラを選択していた。


「紳人は? もう決めた?」

「俺は、えっと……夢月と同じ、チョコファッションとかで」

「同じでいい?」


 紳人は頷き、率先して席から立ち上がり、店員がいるカウンターへと向かった。


 それから注文を行ってお金を払い、対応してくれた女性店員が素早い手つきでドーナッツをトレーに乗せてくれていた。

 夢月がいるテーブルに戻ると、トレーに乗っているドーナッツを見て、彼女は美味しそうと言って目を輝かせていたのだ。


 紳人は席に座って彼女とドーナッツを食べようとする。

 リラックスできた瞬間。誰かの視線を感じ、窓際の方を見やると、そのガラスの先にはクラス委員長の花那が佇んでいたのだ。


 突然、彼女と視線が重なり、気まずいひと時を過ごす事となったのである。


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