プロローグ
__ねむい。
眠りから覚めるとと目の前には知っている男がいた。いや、真上にいるというべきか。下を向いているせいで顎の肉が重力に負けて垂れている。
無精髭は不清潔で、何日も風呂に入っていないとわかる酸っぱいにおいが鼻腔をくすぐる。クマもひどく、肌は荒れていて話にもならない。
だが、二重幅の広いはっきりとし目と少し割れてはいるがなかなか形の良い唇、そしてなによりその高く通った鼻が彼が昔は整っている部類の男であったことを伺わせる。
顎と腹の無駄な脂肪さえなければ四十代近い今でも女性に人気だったことであろう。
「今夜は俺がかわいがってやるよ」
私の父であるはずの男がやさしく言う。くちびるとくちびるがふれあいそうな距離で。
こいつ、酒飲んでるな。
今更だがなんでこいつは私を押し倒しているんだろう。まあ、なんとなく予想はつくが。
いつもの怒り顔なんかよりこのにやけ面のほうが虫酸が走る。
「やめてよ。自分が何してるかわかってるの」
「しー、うるさいじゃないか。痛くしないから黙ってなさい」
「クズが」
猫なで声なのが余計に脳髄をくすぶる。私はやっぱりこの男が嫌いだ。
このまま犯されてたまるもんですか。感情のままに固い拳をつくる。そして股間をめがけて思いっきりぶつける。
私の丸めた拳が父の息子に食い込む。父の表情が苦痛に歪む。
よし! やった。今だ、逃げられる。あ、そう、ついでに私は一人っ子だ。
股間の痛みに耐える父の干し梅みたいに苦しそうな顔を横目にその重い体の下から抜け出そうともがく。
だけど、大人の男の重さと力に小娘なんぞが勝てるはずもなかった。
努力も虚しく、赤子の手をひねるように私の左手は父の酒とパチンコで汚れた右手に掴まれる。ぞわり。怖い。
「優しくしてやるっつったのに……。娘だからってこんなことしてただで済むと思うなよ」
再び押し倒され、今度は両手を拘束されている。脚も膝でのられていて動けない。
「お母さんに言いつけてやる」
「好きにしろ。まあどうせお前の言うことなんて一ミリも信じねえだろうがな」
獣のような鋭い目で見つめられる。こいつは私のお父さんじゃない。ただの悪魔だ。人を貪り食うクソでありながら人間よりも高い地位で高みの見物をする、そういう悪魔。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。こんな最低な悪魔にはじめてを奪われるなんて。
逃げたい。けど、手も足も塞がっていてもう逃げられない。
「い、いやだ」
もう一度押し倒される。歯磨きしてない汚い口が近づいてくる。
よく見ると歯が黄色い。たばこのヤニ。
ぞわり。
口吻をされる。生暖かく柔らかいなにかを入れられる。歯をぬるぬるしたそれでなぞられる。口の中の粘膜が吸われる。胸を何かが触る感触。何かを求めるように制服のブラウスのボタンが外されていく。なのにリボンは外されていない。
ぞわり。
父親の性癖を知ることになんの意味があるのだろう。きれいな刺繍の施された下着があらわになる。途端に恥ずかしくなった。惨めだ。
ぞわり。
息ができない。苦しい。下着も胸の上に上げられる。その突起物を父は獲物を見つけたハイエナのように舐める。貪る。しゃぶる。
ぞわり。
助けて。
ぞわり。
お母さん、お願い来て、お母さん__。
ぞわり。
その夜、私と父は繋がってしまった。