第7話 スラム街での生活
俺のスラム街での生活が始まった。
スラムとはいえ、治安は悪くない。
大神官の娘レーアと、勇猛なディゴスを中心に、住民たちはしっかりまとまっている。
俺は新入りだが邪険にされることもなく、穏やかな日々を過ごすことができた。
レーアが子供たちにイラナミ神の伝説を読み聞かせているので、俺も混ざって聞いてみる。
「大昔、フリーデ村近くのハルスの川が大氾濫を起こして、村は存亡の危機に立たされました。その時です。イラナミ神が降臨してくれたのです」
200年前の出来事だ。懐かしい。
「村を助けたイラナミ神は、『お前たちに教えを授けてやろうぞ』と三つの教えを説きました。一つ、お金に執着しない。一つ、悪いことはしない。一つ、皆で助け合う、と」
お前たちに教えを授けてやろうぞ、なんて言ったっけな。
俺のキャラじゃないけど、神様っぽくそういうことも言ったかもしれない。
まあ、だいぶ脚色されてるのはしょうがないけど。
「こうしてイラナミ教は誕生したのです……」
うんうん、いい話だ。子供たちも喜んでいる。俺も思わず拍手してしまった。
レーアが頬を染める。
「なんだか、そうやって拍手されちゃうと……照れますね。でも、嬉しいです」
レーアの優しげな笑顔に、俺もふっと微笑んだ。
スラム街の一角では、ディゴスが若者たちを訓練している。
剣や棒切れを振らせ、いつか来るゼーゲル一派との戦いに備えているのだ。
「そんなんじゃあ、ゼーゲルの手下どもには勝てねえぞ!」
「はいっ!」
人数は100人程度だが、彼らの実力や統率力は大したものだ。
現に、あの公開処刑の場から、俺とレーアを救い出している。
しかし、あれは連中が油断してたことや、場が混乱してたのも大きい。直接ぶつかり合うとなると、話は変わってくる。
聞けばゼーゲルは3000人ぐらいの兵を有しているらしく、まともに衝突すれば彼らにまず勝ち目はない。
だからこそ、俺は30日間を無事に過ごして、彼らが戦うことのないように、ゼーゲルたちに天罰を与えなければならないだろう。
大丈夫、やれる。
神にさえ戻れれば……。
***
一日、また一日とスラム街での生活を過ごしていたが、街の一角に人だかりができているのを発見する。
「なんだ?」
覗いてみると、踊り子がいた。
銀髪で華やかな美貌を持ち、フェイスベールをつけ、胸や腰を強調した衣装を身につけている。
彼女の踊りに、スラムの――特に男の住民は釘付けのようだ。
さらにその傍らには、金属製の鎧をまとった剣士がいた。髯を生やした逞しい男だ。踊り子の恋人だろうか。護衛だろうか。どちらの雰囲気でもない。
なんとも掴みどころのない二人組だった。
すると、向こうも俺に気づいたのか、踊り子の女が踊りを中断して、駆け寄ってきた。
「はぁい」
「……はぁい」
思わずオウム返ししてしまった。
妙に馴れ馴れしい踊り子だ。
「私、ミカっていうの」
そう言いながら、投げキッスをしてくる。
神である俺に色仕掛けなんて通用しないっての。
「吾輩はシーヴという」
聞いてもないのに、剣士の方も自己紹介してきた。
ミカとシーヴか。まあ、覚えておこう。いや、忘れるかも。
それにしても、この二人どこかで見たことあるような……うーん、まあいいや。
「俺はラナイっていうんだ。よろしくな」
そう言うと、ミカとシーヴは揃って「ラナイ、ね」と笑い、ミカは踊りを再開した。シーヴは腕を組み、その近くに立つ。
なんだったんだ、いったい。奇妙な二人組だ。悪い奴らではなさそうだけど。
ちょうど近くにディゴスがいたので、謎の二人組について尋ねてみる。
「俺も分からねえよ。突然スラムにやってきて、ここでしばらく暮らしたいって言い出して……」
ディゴスもよく分かっていないのか。
「いいのか? あんな怪しいのを住まわせて」
「レーアの判断だ。わざわざ来てくれたのを追い返す必要もないって。それにゼーゲルたちのスパイとも思えないしな」
確かに、そういう感じはしない。少なくとも害はなさそうに思える。
だったら放っておいてもいいか。特にミカって子の踊りはスラムに彩りを与えそうだ。
「それに怪しいのはお前もだしな」
ディゴスにこう言われると、「返す言葉もないよ」と苦笑いするしかなかった。
なにせ“ラナイ”って名前以外、ほとんど正体不明なんだから。
***
それからさらに三日ほどが経つ。
スラム街は貧しいが、時の流れは穏やかで、平和がある。
すると、こんなことも思ってしまう。
別にこのままでもいいんじゃないか……?
確かにゼーゲルに宗教を乗っ取られたのは残念だろう。だが、このスラム街はスラム街で上手くやってるような気もするし、無理に武力衝突する必要はないんじゃないかって思えてくる。
あっちはあっち、こっちはこっち、で共存できればそれに越したことはない。
スラム街の中心人物であるレーアとディゴスに、俺はこれらの疑問をぶつけてきた。
そういう考えもあるのですね、なんて評価してもらえると思ったが、レーアはうつむき、ディゴスは鼻で笑う。
「残念ながら……そういうわけにはいかないのです」
「やっぱりお前は何にも分かっちゃいねえな」
「な、なんで!? 仲良くはできないだろうけど、だったら、このままの状態を維持すれば……」
ディゴスは俺を睨みつける。
「今に分かる」
「……!」
レーアたちとゼーゲル一派が絶対に共存できない理由。
それが分かるのは、程なくしてのことだった。




