第5話 神なのに公開処刑されそうなんだが
目を覚まし、しばらくすると牢屋に兵士が三人やってきた。
三人とも白い鎧をつけている。
「出すぞ。ついてこい」
これから何が起こるのかは知ってるが、一応聞いてみる。
「釈放してもらえるんですか?」
「クックック、さあてな」
兵士ははぐらかしてきた。全く性格が悪い。
木の手枷をつけられ、牢を出され、大神殿まで歩かされる。
神殿の中は、外からの印象通り、豪華だった。
真っ赤な絨毯が敷かれ、あちこちに絵画や彫刻が置かれ、派手なステンドグラスまで張られている。
天界にもこんなゴージャスな場所ねえぞ、とツッコミたくなる。
昨日も俺の趣味じゃないなと思ったが、今や悪趣味にすら思えてくる。
ゼーゲルってのは自分の力を誇示するのが大好きなんだろうな、きっと。
レーアを見ると、うつむくわけでもなく、毅然とした表情だった。
先代大神官の娘としてやり切った、という顔だ。きっと処刑の寸前まで堂々としているのが彼女のプライドなのだろう。
美しい、と思ってしまう。
だからこそ、死なせたくない。なんとしても助けてみせる。
まもなく控え室のような小さな部屋に入れられる。
念のため、俺はもう一度兵士に聞いてみる。
「あの……俺たちはどうなるんです? 釈放されるんですか?」
「ああ、釈放してやるよ。イラナミ神の元にな!」
ようするに死ねってことか。つか、俺がそのイラナミ神なんだけどな。
「さあ、こっちへ来い! 集会を盛り上げろよ!」
小さな部屋を出ると階段があり、そこを上ると、壇上のような場所に出た。
壇上の下には大勢の人間が集まっている。彼らはイラナミ教信徒だろう。本当に数千人規模はいそうだ。
そして、壇上には数人の人間がいる。全員、イラナミ教のお偉いさんみたいな連中だってのは間違いない。
特にひときわ派手な僧衣を纏っている男がいた。
白髪のオールバックで、彫りの深い、いかめしい顔立ちをしている。
こいつがゼーゲルだとすぐに直感できた。
「我が愛しき信徒たちよ! これよりイラナミ教を辱めた者たちの処刑を執り行う!」
ゼーゲルが手を挙げて、観衆に宣言する。
辱めてるのはどっちだよ、と言いたくなる。
よくもまあ、静かに細々とやってた宗教をメチャクチャに改造してくれやがって。
信徒たちからゼーゲルを称えるコールが起こる。
ゼーゲルもそれに手を挙げて応じる。
「まずは処刑される不届き者たちの罪を知らしめておこう。まずこちらの男は、イラナミ神の像を笑い、侮辱した。そして、こちらの女は我が集会に乗り込み、イラナミ教の在り方を批判した。いずれも極刑に値する大罪である」
信徒たちから「そうだー!」などの声が聞こえる。
ゼーゲルに心酔し、自分で考える力を失ってるのが分かる。
「そして、処刑を担当するのは、親衛隊長ドラゲノフ!」
場がさらに盛り上がる。
紹介されたドラゲノフという男が前に出る。
鎧とマントを身につけ、バカでかい剣を持っている。
肩にかかるほどの黒髪、顔は顎が二つに割れておりいかつく、どことなく武神を思い出す。
なるほど、こんな強そうな部下もいるのか。従来の信徒たちじゃ歯が立つわけがない。
ゼーゲルは金と権力、そして暴力でイラナミ教を丸ごと乗っ取ってしまったというわけだ。
「さあ、偉大なるイラナミ神に血を捧げようではないか!」
捧げられたくねえよ、そんなもの。
どうせだったら、食べ物とかお酒とか、そういうのにしてくれ。
俺は血を見るのが嫌いなんだよ。
「では処刑開始! 皆の者、イラナミ神に祈りを!」
信徒たちが一斉に祈り始める。
これだ、この時を待っていた。
祈りは、神に自分の信仰心を注ぎ込む行為だ。今の俺は“人”だが、信仰の力によって力を発揮することができる。分かりやすくいえば、祈られるとパワーアップできる。
そうすれば、あのドラゲノフだろうがなんだろうが、軽く蹴散らせる。
信徒たちよ、俺に力を――!
……あれ?
一向に俺の力は高まらない。
なんで? なんで? ナンデ?
彼らはイラナミ神に祈りを捧げてるはずなのに……。
ドラゲノフが近づいてくる。
ヤバイ、こんなはずじゃなかった。
このままじゃ俺、本当に処刑されちゃうじゃねえかよ。つまり、死ぬ。“人”になってる状態で死んだら、完全にアウトだ。
ひょっとしたら、こういうことかもしれない。
今ここにいる信徒たちは、ゼーゲルによって支配されてる者ばかり。俺の教えというより、ゼーゲルの教えを信じてる。
だから、いくら祈ろうが俺にパワーを与えてくれることなんてないんだ。
分かったところでどうしようもない。万事休す。
俺は咄嗟にレーアに言った。
「ご、ごめん……やっぱり、助けられそうにない」
レーアは俺を非難する素振りも見せず、ニコリとする。
「いいんですよ。それより私こそ、ごめんなさい。私がもっとしっかりしていれば、イラナミ教はこんな風にならなかったし、あなたも処刑されずに済んだ」
この期に及んで、俺の心配をしてくれている。なんていい子なんだ。
死なせたくない。しかし、今の俺にはどうすることもできない。
「なにをゴチャゴチャ言っている? まずはお前からだ」
ドラゲノフが巨大な剣を振りかぶる。
ちくしょう、この人殺し! いや、神殺し! ろくな死に方しねーぞ、お前!
レーアを見ると、目を閉じている。
諦めたのか? いや祈ってるのだろう。
イラナミ神に――つまり、俺に。
その時だった。
俺の中で急激に力が湧いてきた。
体内で炎が燃え盛ってるような、そんな感覚だ。
心身ともに疲れ切ってる俺だが、動ける。
振り下ろされる剣をどうにかかわし、さすがに手枷は壊せないが、ドラゲノフの腹に頭突きを見舞う。鎧をつけていたが、その上からでも響くような一撃になった。
「ぐふっ……!」
どうして、こんな力が……?
そうか、レーアが祈ったから、俺が神としての力をちょっとだけ発揮できたんだ。
とはいえ、頭突き一発で倒せるほど甘い相手でもなかった。
ドラゲノフは腹を手で押さえ、激怒している。
「おのれえ……!」
この状況、これ以上の反撃はできそうもない。
今の頭突きは、処刑をほんのわずか先延ばしにするに過ぎなかった。
「殺してやる!」
剣はかろうじてかわすが、そこへ蹴りが飛んできた。
先ほどのお返しとばかりに腹にヒットしてしまう。
異常なまでに重い蹴りだった。これ一発で、俺は動けなくなった。
「う、うぐ……」
「ラナイさん!」
レーアが俺を呼ぶ。
だが、俺はもうダメだ。
すまない、俺には君を助けることが――
俺が諦めかけた瞬間、悲鳴が上がった。
なんだ。何が起きた?
俺がどうにか上体を起こすと、集会場の後ろの方からなだれ込んでくる一団があった。
なんだなんだ?
「レーア、助けに来たぞ!」
「ディゴス!」
ディゴスと呼ばれた男が、乱入者たちのリーダーのようだ。
黒髪を逆立てた髪型で、猛獣を思わせる獰猛な顔つきをしている若者だ。
レーアを救出に来たということは、彼らも従来のイラナミ教を大切にしてる者たちということかな。
ディゴスがドラゲノフに剣で斬りかかる。先ほどの頭突きのダメージが幸いしてか、ドラゲノフも遅れを取っている。
その隙に他のメンバーがレーアを奪還する。
ナイス、と叫びたい気持ちになった。
レーアを助けると、ディゴスはすぐさま撤退命令を出す。
「よし、逃げるぞ!」
あれ、俺は……?
そりゃま、そうか。彼らにとって俺は全然知らない奴だもんな。
だが、レーアが――
「待って! ラナイさんも連れていって!」
「ラナイ?」
「私と一緒に捕まってた人なの! お願い!」
ディゴスは舌打ちすると、俺を小脇に抱えた。そして、ダッシュする。
イラナミ教の兵士たちが追いかけてくるが、信徒たちの混乱もあって、どうにか大神殿からの脱出に成功する。
そのままフリーデの街中をひた走る。
俺はドラゲノフの蹴りが今頃になってさらに効いてきたのか、いつの間にやら失神してしまっていた。
ったく、なんて情けない神様だよ……。
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