第4話 変わってしまったイラナミ教
今、自分の置かれている状況を整理してみよう。
神である俺は、自分を崇める宗教がどうなっているか確認しようと“人”になって下界に降りました。
その宗教は今では立派になっており、都市まで築いてました。
街にはイラナミ神の、つまり俺の像がありました。
本物に比べてイケメンなので俺は笑ってしまいました。
そしたら、捕まって、処刑されることになりました。
……おかしいだろ!
整理がついたので、俺はレーアに詳しい話を聞いてみることにした。
「俺はイラナミ神とやらの像を笑っただけなんだぞ!? それだけで処刑!?」
「はい。ここフリーデでは、イラナミ教や神を侮辱することは、最大の罪とされていますから」
「いや、でもいきなり処刑だなんて……」
天界にも怒りっぽい神はいる。
例えば雷神なんかがそうだ。
だけど、あいつだって一度や二度の悪口でそこまで怒りはしないし、怒っても雷一発浴びせるぐらいで済む。ワンミスで処刑はあんまりすぎる。
「あなたは本当にイラナミ教やフリーデについて何も知らずに来たのですか?」
こう問われると「はい」としか言いようがない。
誰よりも詳しく知ってるはずなんだけど、知らないことだらけだ。
まさか200年でこうまで変わっちゃうなんて。
「よろしければ、少しお教えしましょうか?」
「教えてくれ!」
今は少しでも情報を集めたい。レーアは話し始める。
「まず……イラナミ教はおよそ200年前に生まれた宗教です。当時は村だったフリーデは洪水に見舞われ、そこへイラナミ神が降臨し、洪水を食い止めてくれたという言い伝えがあります」
そうそう、それ俺がやったの。洪水をピタッとね。そんなこと口に出せないけど。
「そして、当時の村の青年レンデルに『お金に固執しない』『悪いことをしない』『なるべく助け合う』という三つの教えを授け、ここに『イラナミ教』が誕生しました」
うん、そうそう。あの若者の名前はレンデルだった。
俺はまだ彼が生きてると思ってたんだよなぁ……。
ここまでは俺も知ってる。というか当事者だし。問題はここからだ。
「イラナミ神の存在は村の支えとなり、村は発展していき、次第に大きくなっていきました。一方、三つの教えは忠実に守り、慎ましい生活をして……」
ふんふん、いいじゃないか。順調じゃないか。
まさに俺が「そういう生活してね!」って思ってたやつだよ。
教えを守りつつ、ゆったりと人生を楽しんでねって感じの。
「ですがおよそ20年前、ゼーゲルが入信してから、歯車が狂い始めます」
「ゼーゲル?」
「貴族の男です。といっても、決まった領地は持っていなかったようです。そんな男がイラナミ教に目をつけ、入信したんです」
貴族が入信。悪いこととは思えないけどな。とにかく続きを聞こう。
「ゼーゲルは最初こそ、三つの教えに従い、フリーデで慎ましやかに暮らしていました。しかし、すぐに本性を出し始めます。お金をばら撒いて、周囲の人間を取り込むようになったのです」
ちょっと待て。一気にきな臭くなってきやがった。
「しかし、それでも、先代の大神官が存命だった時には大きな動きはありませんでした。ですが十年前先代が亡くなると、ゼーゲルは動き出します。取り込んだ味方とともに自分を強引に大神官に推薦させ、イラナミ教のトップに君臨したのです」
ここまで話が進むと、後はどうなるか察しがつく。
「そして、ゼーゲルはフリーデを大都市へと改造していきます。強引な勧誘で大勢の信徒も集めました。それと同時にイラナミ教を背景に、強固な独裁を敷き始めるのです。イラナミ教やイラナミ神を徹底的に崇めさせ、あなたのように神をバカにしたと見なされた者は即座に見せしめとして処刑されてしまう。信徒たちは恐怖し、同時に高揚感も抱く。自分たちは特別な存在なのだと。ゼーゲルに従っていればいいのだと。そうして自分では何も考えられなくなっていく……」
「ちょっと待ってくれ。そんなことしたら、すぐ問題にならないか? 俺なんて今日ここに来たばかりの人間だし」
「もちろん、処刑しても問題なさそうな人を選ぶんです。例えばですが、身分証を持っていない人なんていうのは、格好の餌食でしょうね」
まさに俺だ。多分、ボディチェックを受けた時からそれとなくマークされてたんだろうな。そして、案の定像を見て笑ったから、連行された……。
「もうイラナミ神が授けた三つの教えは機能してないのか?」
お金に固執しない、悪いことはしない、お互い助け合う。
この三つの教えが守られてれば、ここまでひどいことにはならないはず。
「機能してますよ。お金に固執しない、信徒が自分のお金を持つことは悪とされ、財産の大半を寄付させられます。悪いことはしない、イラナミ教に盾突く者はこうして処刑されます。お互い助け合う、信徒同士は極めて強い連帯責任関係を義務づけられます。誰かが教えに反することをしたら、親しい人間はみんな罰を受ける。だから信徒同士はお互い厳しく見張り合ってます」
「……」
絶句するしかない。
三つの教えが曲解、どころか完全に都合のいいように解釈されて、独裁を正当化するための方便になってしまってる。あんなドでかい神殿だって建てられるわけだ。
「でも、従来の教えを守っている信徒もいるはずだ! そういう人たちは……!?」
「全て都市の一部分に押し込められました。ホントは丸ごと処刑したかったんでしょうが、さすがにできなかったようです。当然、正規の住民として扱われていないので、彼らは貧しく、苦しい生活を強いられています」
なんなんだよ、ここは。地獄か。
俺を崇める宗教イラナミ教は、一人の貴族を独裁都市の首領にする道具になり果てている。
そして俺は肝心なことを聞いてなかったことを思い出す。
「そういえば、君はなんで捕まったんだ?」
「大神殿では定期的に集会が行われています。そこで私は信徒たちの目を覚まさせるため、ゼーゲルたちを批判したんです。あなたたちは騙されている、ゼーゲルの教えはイラナミ教のものではない、と」
「……で、結果は?」
「この通りです。私は取り押さえられ、この牢屋に……。明日も集会がありますから、そこで処刑されるのでしょうね」
ここにいる時点で、とは思ってたが、やっぱりダメだったか。
「しかし、ずいぶん思い切ったことをしたものだね。今までの話だとゼーゲルとかいう奴は、完全にこの都市を掌握してる。王様といってもいい。ほとんど自殺行為じゃないか」
「このままでいても、私たちのような従来のイラナミ教を愛する者たちに未来はありませんから……。最後の意地、というやつでしょうか」
処刑は覚悟の上だったわけか。
「だけど、なんでそこまで? 最後の意地とまで思い詰めるなんて……」
「なぜなら、私の父は先代の大神官だったからです」
「……!」
驚きつつ、合点がいった。
「さらに言うと、私のご先祖はイラナミ教を作ったレンデルでした。彼からすると、今のイラナミ教はもはや見るに堪えないものでしょう。私のせいで、こんなことになってしまった。だから死んで元々だったのです」
「そうだったのか……」
俺が教えを授けた若者レンデルは、イラナミ教を作り、大神官の地位は代々世襲されてきたのだろう。そして、三つの教えを慎ましく守ってきた。だが、ゼーゲルとかいう奴によって全てを乗っ取られてしまった。
そして、子孫であるレーアは最後の意地でゼーゲルを批判したが、敵うはずもなく、投獄され、処刑を待つ身となった。
「イラナミ神も、さぞお嘆きになるでしょうね。私の不甲斐なさに……」
うつむくレーアに俺は声をかける。
「いや、そんなことないよ」
レーアが顔を上げた。
「確かにイラナミ神は嘆くかもしれない。俺を崇める宗教がとんでもないことになってるって。だけど、君を不甲斐ないなんて言わないよ。言うわけがない」
ずっと暗いままだったレーアの顔がほころぶ。
「まるで、あなた自身がイラナミ神のような言いぐさですね」
「あ、いや……まあ、神様だったらこう言うかなーって思って」
「ありがとうございます。おかげで少し気が楽になれました。穏やかな気持ちで天国に旅立てそうです」
俺は首を横に振る。
「いや、天国なんて行かせないよ」
「え?」
「公開処刑の時は多分、信徒が集まるんだろう?」
「はい、おそらく数千人は……」
それだけいれば十分だ。
今の俺は、ただの人間だけど、信仰心を集めてそれを力にできる。
数千人の信仰パワーがあれば、レーアを助け出し、ついでにゼーゲルとやらに天罰喰らわせるぐらい余裕だろう。
「任せておきな。君のことは俺が助けるし、イラナミ教も俺が救ってやる!」
レーアはきょとんとしている。
多分「何言ってんだこいつ」って感じだろう。
そりゃそうだ。そんな力あるなら、そもそもここにいないし。
だけど、安心しろレーア。俺は公開処刑の時に、華麗に君を救い出してやるから。
明日、フリーデとイラナミ教は救われるんだ。
そのうち夜も更けてきた。
明日は大仕事になるから、さっさと寝た方がいい。俺は気楽な気分でレーアに挨拶する。
「じゃ、おやすみー」
「おやすみなさい……」
俺とレーアは粗末な毛布をかぶって、眠りについた。