第3話 イラナミ教の聖都・フリーデ
入都市手続きはあっさり済んだ。
書面に名前を記入し、白いローブを纏ったイラナミ教徒が俺のボディチェックをするぐらいのものだった。
この教徒も、今チェックしてる奴が自分の信じてる神様だとは思わないだろうな。
手続きをする受付の近くに鏡があったので、自分の顔を確認してみた。
基本的には神の時の俺の姿とさほど変わらない。
やや癖のある短めの茶髪に白い肌、茶色い瞳。武神のようにごつくもなければ、女神のような美麗さもないが、それなりのルックスではなかろうか。
皆さん、俺がイラナミ神ですよー、なんてやりたいのをどうにか抑える。
街の入り口で、俺とリップは別れることにした。
リップは元々一人で旅をしていた身だし、俺としてもフリーデはできれば一人で見て回りたかった。
「じゃあ、ラナイさん。お元気で!」
「ああ、ここまで一緒に来てくれて本当にありがとう」
リップが雑踏に消え、改めてフリーデの町並みを見渡す。
石で作られた綺麗な建物が並んでいる。200年前は小屋のような建物が散らばってただけだったのに。
別れる前に、リップからフリーデについて色々と教わったので、ここで少しまとめてみる。
人口はおよそ5万人、そのほとんどがイラナミ教信徒。
信徒を束ねるのは“大神官”で、この都市の指導者でもある。
フリーデはイラナミ教の加護の下、隆盛を極め、今や治安も豊かさも国内有数の大都市となった。
凄いぞ、凄いぞ、君たち。
俺は神として感動を覚える。
作ってよかった、イラナミ教。
30日間、俺はこの都市をたっぷり観光し、堪能することにしよう。
そして最後に神に戻り、神として降臨し、「これからも頑張るように」とでも言って帰るとしよう。
そうしたら、大勢のイラナミ教徒が俺にひれ伏してくれるんだろう。想像すると、ちょっとニヤリとしてしまう。
プランが立ったので、街の散策でも始めようか。
とりあえず、地図が建ててあるから、それを見てみよう。どれどれ……。
今俺がいる入り口付近が、フリーデのメインの通りになるらしい。
都市の中心部には大神殿があり、ここでさまざまな儀式が行われている。
他の箇所は住民たちが暮らす場所だろうが、西の一角に空白になっている部分があるのがちょっと気になる。
まあ、多分工事中とかなんだろう。
メインの通りをしばらく歩く。
すると、大きな噴水があった。水は近くの川から水路でも引いて、持ってきてるんだろうな。
当時、フリーデ村の人たちはあの川になすすべもなかったが、今ではあの川を利用し噴水を作れるぐらいになっている。
その技術の進歩には驚かされるよ。
そして、噴水の近くには――
「あれは……!」
巨大な像があった。
大理石で作られた、男の像である。
近くにある看板には『イラナミ神像』と書かれている。
つまり、俺だ。
高さは大人三人分ぐらい。
さっそく俺は見上げてみる。
第一印象は――うーん、似てない。
こればかりはしょうがないといえば、しょうがないんだけど。
というか、やたらイケメンになってる気がする。目はキリッとしてるし、鼻は高いし、やたら爽やかな笑みを浮かべている。
自分のせいぜい“まあまあ”なルックスと比較すると、ついおかしくなってしまう。
「……ふふっ」
すると、周囲を歩いている人たちがざわついた。
「おい、あいつ……!」
「像に向かって……」
「笑ったわ!」
なに? なんなんだよ、一体?
まもなく白い鎧をつけた兵士たちが駆けつけてきた。
「貴様ーッ!」
貴様ってのは俺のことか。なんだろう?
「今、イラナミ神の像を見て……笑ったな?」
「あー、笑いましたけど。美化されすぎだなって」
正直に答える。
「よくもぬけぬけと……来いッ!」
乱暴に腕をつかまれた。
神の時ならこんなの簡単に振りほどけるが、今はそうもいかない。この兵士一人にも勝てるかどうか。仕方ない、大人しくついていくか。
俺は連行され、街中を歩く。
通行人の中には俺を深刻な顔で眺めてる奴もいる。なんで、そんな心配そうな顔をしてるんだろう。俺はちょっと像を笑っただけだぞ。しかも、自分の像を。あんだけ美化されてたらそりゃ笑うって。
やがて、大神殿が見えてきた。イラナミ教の総本山だ。
名前の通り大きい。荘厳で、煌びやかな神殿だ。まるで天に届かせるかのような尖塔がいくつも建っている。
「あれが大神殿か……」
俺がつぶやくと、兵士は俺を睨みつけ、
「よぉく見ておくんだな」
と言ってきた。
言われなくても、よく見ておくともさ。俺を崇める宗教の本拠地なんだし。正直言うと、派手すぎてちょっと俺の趣味じゃないけど。
それから俺たちは大神殿の横にある石造りの建物に入っていった。
中は殺風景で、まるで別世界に来たみたいだ。
「ここは?」
俺が聞くと、兵士はニヤリと笑って、
「牢獄さ」
と答える。
牢獄!?
神様の像を笑っただけで、牢屋送りかよ。んなオーバーな……。
かといって反抗しても仕方ない。俺は大人しく一室の牢屋に放り込まれた。
床に叩きつけられるように放り投げられたので、かなり痛い。
お前ら、今放り投げたのは、お前らが信仰してる神様だからな! バーカ!
「いてて……」
俺は腰をさする。鉄格子のドアは閉じられ、鍵をかけられ、閉じ込められてしまった。
すると――
「大丈夫ですか?」
話しかけられた。女の声だ。
「いや、結構痛い……」
俺は答えつつ、声がした方を向く。
白い粗末な服を着た若い娘が膝を抱えて座っていた。
髪は長く、肌は白く、ぱっちりとした目をしており、美女といえる娘だった。
女神の美しさを“華やか”とするなら、この娘は“しっとり”とでも言えばいいか。
「君は?」
「私はレーアと言います」
「レーアか。俺はラナイって言うんだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
察するに、この子もイラナミ神の像を笑って、ここに来ちゃったのかな。
せっかくだから会話してみよう。
「君も何かイラナミ教に失礼なことをして、ここに入れられたクチ?」
「ええ、そのようなものです」
やっぱりか。予想が当たってちょっと嬉しい。
「なかなか厳しいもんだね。俺たちこれからどうなっちゃうのかな? お説教喰らって釈放、みたいな流れになるのかな?」
レーアは首を左右に振った。
「いいえ、私たちは処刑されるんですよ。おそらくは公開処刑で」
「へ?」
俺の頭の中は真っ白になった。