第2話 神様、“人”になって下界に降り立つ
気が付くと、俺は平原にいた。
見渡す限り、緑色の短い草が生えている。
次に自分の体を見てみる。上下とも白い布の服という出で立ち。足には革靴を履いている。質素だが、とりあえずこれで寒くはない。
ここが下界か……200年ぶりになる。
確かあの時俺は空を飛びつつ、ドミル王国の“フリーデ”という村に立ち寄った。
立ち寄ったといっても、神としてだから、特に何もせず通り過ぎるつもりだった。
ところが、村の近くにあった川から洪水が発生。今まさに飲み込まれようとしてる村を俺が救った。
そして、感謝され、『イラナミ教』を作ってもらった。
細かい指定はしてなかったとはいえ、一応フリーデ村の近くに降りたと思うんだが、それらしき建物はないな。
とりあえず歩くしかないか。
こんな時、神の状態だったらひとっ飛びで即フリーデにたどり着けるのだが、そうもいかない。わずらわしいのを我慢して、俺は歩く。
やがて、舗装されてる道が見えた。
ついでに歩いている人の姿もある。背中に荷物を抱えた青年だった。おそらく旅人だろう。ラッキーと思いつつ、俺はその青年に話しかけた。
「あのぉ……」
「はい?」
話しかけたはいいけど、どうしたもんか。
「えぇっと、フリーデってところに行きたいんだけど……」
「フリーデ? ああ、ちょうど僕も行くところですよ!」
「あ、そうなの!?」
ますますラッキー。第一下界人が、いきなり目的地が同じだった。
「よかったらご一緒しません?」
「え、いいの?」
「旅は道連れって言いますから」
どうやらこの青年についていけば、フリーデまでは何とかなりそうだ。
「ここからどのぐらいかかるのかな?」
「もうしばらく歩けば着くと思いますよ」
そんなにはかからないらしい。
俺たちは意気投合し、フリーデまでは一緒に行こうということになった。
「僕は旅人のリップって言います。あなたは?」
自己紹介され、名前を聞かれ、初めて気づく。
そういえば、“人”としての名前を考えてなかった。イラナミってのは宗教の名前でもあるから使えないよな。
ここで名乗らないと不自然だし、「神です」とか「名無しです」なんて言うわけにはいかない。
俺は咄嗟に“見習い”という言葉を思い浮かべ――
見習い、ナライ、ラナイ……。
「ラナイ……」
「ラナイさんですか?」
「そうそう、ラナイ! 俺はラナイって言うんだ! よろしく!」
「よろしくお願いします!」
俺の人間としての名前は『ラナイ』に決まった。というか決まってしまった。
ラナイねえ。早いとこ慣れないとな……。
歩きながら会話を続ける。
「ラナイさんはどうしてフリーデに?」
「えぇと、あの村にはイラナミ教という宗教があるでしょ? それに興味があって……」
「あー、やっぱりイラナミ教への入信希望者ですか」
おお、やった。どうやら今もイラナミ教はあるらしい。女神め、ざまあみろ。
俺は聞き返す。
「とすると、君も?」
「いえ、僕はあくまで観光という形ですよ。世界中を見て回るのが僕の夢なんで」
なんだよ、せっかくだし入信しとけよ、と言いたいのを俺は抑える。
神自ら「イラナミ教に入信しろ! サービスするから!」なんて言ったら安っぽさ爆発だしな。
「でもラナイさん、あなたの言うことはおかしいですね」
「え、何が?」
俺はドキリとする。
まさか早くも俺が神ってことがバレたのか?
「だってフリーデは村なんかじゃありませんよ」
「へ?」
村じゃないならなんなんだ。
「フリーデはこの国有数の大都市じゃないですか」
「大都市……!?」
俺が水害から助けた時には、本当に小さな村だったはずなのに……。
たった200年でそんなに成長しているとは。
まあ、人間からすれば俺の感覚がおかしいだけかもしれないけど。
「噂をすれば、あれがフリーデですよ」
「おおっ……!」
街が見えてきた。というより、壁が見えてきた。
赤いレンガの壁がそびえ立っている。あの中にフリーデという都市があるのだという。
村だった時のフリーデに、壁なんかなかった。立派になったもんだ。
壁には門があり、あそこで都市に入る手続きをすることになるという。
「そういえば俺、身分を証明するようなものないんだけど、大丈夫かな?」
「ああ、それなら多分大丈夫ですよ。イラナミ教は“来る者拒まず”で有名ですから。持ち物検査ぐらいはされるでしょうけど」
俺の宗教は寛容にやってるようだ。
持ち物なんて服と靴ぐらいしかないし、検査もなんなく通過できるだろう。
「じゃあ、とっとと入都市手続きをするとしようか」
「そうですね」
うなずき合い、俺とリップはフリーデの門に向かう。
間近で見ると壁と門は本当に巨大で、要塞にでも入るような気分だった。