第14話 決戦前夜
リーダーになってからの俺は、炊き出しや神話の読み聞かせなどをしつつ、とにかくスラム住民の心を一つにまとめることに注力した。
「ゼーゲルはまもなくやってくる。だが、みんなにはイラナミ神の加護がある。戦いになった時はイラナミ神に祈るんだ! そうすれば必ず神は助けてくれる!」
神が自分で「みんなで神に祈ろう」と言うのは微妙に居心地が悪い。
あとこうして喋ってると、ただの精神論にしか聞こえないよな……と自分でツッコミたくなる。
しかし、マジでこれがゼーゲルたちに勝つ唯一の方法なのだから仕方ない。
レーアも――
「こういう時こそ、神への信仰心が試されるのです。戦いになったら、祈りましょう。どうかお願いします!」
彼女の協力もあって、住民たちはどうにかまとまりつつある。
俺に敗れたディゴスも、
「俺は負けた。あとはラナイ、お前に従うだけだ。お前なら何とかしてくれるって、俺も思えてきたからな」
俺をリーダーとして認めてくれたようだ。
何とかしてくれる、か。そうだよな、何とかしなくてはならない。
残り時間は少ないが、俺はやるべきことを進めていく。
こんだけやったんだから、神様何とかしてくれよ。
……って、神は俺だっつうの。
***
5の月の29日。
いよいよ明日はゼーゲルたちがスラム一掃に図る。スラム清浄化作戦という名の、虐殺が行われる。
夜、俺はレーアと会っていた。
「ラナイさん、いよいよ明日ですね」
「ああ」
二人で夜空を見上げる。
明日ここで起こる戦いなど関係ないとばかりに、星が美しい夜だった。残酷さすら感じる。
この夜空を、なんとか明日も見られるようにしたい。
「ディゴスやみんなには感謝してる。俺はディゴスに勝ったけど、“こんなの認めない”って揉めていたら、スラム内が分裂してもっとマズいことになってただろうから」
レーアが微笑む。
「ディゴスは昔からまっすぐな人でしたから。勝負の結果についてゴネるようなことはしませんよ」
こう言ってもらえるディゴスを少し羨ましくも感じる。
同時に、そんな彼に祈りの力を借りて勝利したことに胸が痛む。
「やるだけのことはやった……」
「そうですね」
レーアが俺に向き直る。真剣な、澄んだ瞳で俺を見つめてくる。
「……勝ちましょうね」
「ああ、勝とう」
俺とレーアはうなずき合って、そのまま別れた。
***
ラナイとレーアが別れた頃――
聖都フリーデの大神殿にて、イラナミ教大神官ゼーゲルと、親衛隊長ドラゲノフが、一室で密会をしていた。
ソファに向き合って座り、ワインを酌み交わす。
話題はむろん、明日のスラム清浄化について。
「ドラゲノフ、準備は整ったか?」
「はい、イラナミ教徒兵3000人、明日出陣できます」
「ふん……長かったな。ようやくあの目障りな連中を皆殺しにできる」
ゼーゲルが、グラスに入った血のように赤いワインを一口飲む。
周囲に皺の刻み込まれた唇を、いまいましげに歪める。
「長かったぞこの20年、領地も持たぬ三流貴族だった私がこのフリーデに目を付け、イラナミ教を乗っ取り、ようやく国王から目を向けられるほどの都市に成長させた。後はスラムの連中を皆殺しにし、視察を無事終えれば、私は一気に躍進することとなる」
ドラゲノフはうなずきつつ、答える。
「しかし、奴らにはわざと襲撃の日の情報を流しましたが、スラム街の連中が逃げ出すとか、あるいは分裂するなどの騒ぎは起こりませんでしたな」
レーアたちは自分たちの力で清浄化作戦の日を知ったつもりだが、実は流された情報だった。
スラムにゼーゲル一派が攻め込んでくると分かれば、スラム街住民は逃亡を図るか、あるいは「戦うか、逃げるか」で内部分裂する。それが狙いだった。
だが、スラム住民の結束は彼らの予想以上に固かった。
「そうなってくれた方が楽に片付いたのだが……まあいい。明日、連中を必ず皆殺しにしろ!」
「もちろんです!」
そして、ゼーゲルは部屋の隅に飾ってあるイラナミ神の像を見つめる。
大きさは大人一人分程度のもので、デザインはラナイが笑ったものと同じである。
「それにしても、愚かなものだ。宗教にすがる連中というものは。神などいるわけがないのに、あんなものに祈ったり、金を貢いだり……」
「まったくですな」
「イラナミ神などというものが本当にいたら、私などとっくに天罰を受けているだろうよ。つまり、この世に神などいない。明日、それがまた一つ証明されるというわけだ」
ゼーゲルが高笑いする。彼は勝利を確信している。
「明日は私も出向くぞ。スラム住民……特にあの小娘、レーアが死ぬところはこの目で見たい。何かと生意気で、目障りだったからな」
ドラゲノフもニヤリと笑う。
「ええ、そうして下さい。私としてもスラム街のディゴス、あの若造の首は自分の手ではねたいと思っています。公開処刑を邪魔された借りがありますのでね」
「レーアとディゴスさえ仕留めれば、あとは烏合の衆だ。好きなように料理せよ」
「仰せのままに」
ゼーゲル一派からすれば、負けるはずのない戦いである。
しかし、彼らには一つ誤算があった。レーアとディゴスにはイラナミ神の化身“ラナイ”がついているということを。
この回のみラナイ視点ではない、ゼーゲルたちのパートが入りました。




