第13話 ラナイvsディゴス
5の月の25日。
俺とディゴスの決闘の日。
スラム街の広場には、大勢の人だかりができていた。
もちろん、俺とディゴスの決闘を見るためだ。
「ディゴスが勝つに決まってるぜ」
「ラナイも、このところスラムで頑張ってるからな……」
「どっちもがんばれー!」
様々な声が聞こえるが、やはりディゴスを応援する声の方が目立つ。
それはそうだ。ディゴスはこの十年間、みんなを引っ張ってきたんだ。
一方で、それは十年経ってもこのスラム暮らしをどうにもできなかったことも意味する。だから正体不明の新しい住民である俺に期待する声も少なからずある。
俺が準備運動をしていると、仲間たちを連れてディゴスがやってきた。
逆立った髪で、猛獣のような闘志はいつも以上に増している。
俺のそばにはシーヴとミカがついてくれた。
シーヴがアドバイスをくれる。
「ディゴスの闘気は充実しておる。向こうもこの決闘のために、ずいぶん仕上げてきたようだな」
「俺と戦うために、ありがたい話だね」
ミカは俺を心配そうに見つめる。
「でも、どうするの? 武神……シーヴの見立てじゃ、確かにあなたも強くなったけど、まともにやったんじゃやっぱり敵わないわよ」
「それについてはもう手を打ってあるさ。じゃあ行ってくる」
群衆の中にレーアの姿もある。あまり見たくない戦いだろうが、来てくれたようだ。
さて、俺はディゴスと向き合う。
ディゴスは俺を睨みつける。
「お前はこのスラムに混乱をもたらす野郎だ。俺がきっちり叩き出してやる!」
俺も負けじと睨み返す。
「何度でも言うが、お前がリーダーじゃ、スラムは滅びる」
ディゴスが凄まじい形相になる。
当然だ、自分の十年間を真っ向から否定されたのだから。
ディゴスの仲間である若者が、審判を買って出た。
「それじゃディゴスさん、ラナイ、二人とも構えてくれ」
俺もディゴスも拳を握り込み、腕を曲げ、前に構える。
「じゃあ……始め!」
いきなり派手に殴り合い――なんてことにはならなかった。
お互いにじりじりと前に出たり、後ろに下がったりする。
ディゴスは俺に対しメチャクチャ怒ってるだろうが、慎重だな。
当然か。なにしろリーダーの座がかかってるんだから。
しかも、俺がシーヴたちと特訓してたことももちろん知ってるはず。ナメてかかってくるなんてことはなさそうだ。
油断してくれてた方が都合はいいが、俺を敵と認識してくれてありがとう、とも思ってしまう。
お互い一発も拳を出さず、膠着状態になる。
だったら、俺から仕掛けてやるよ。
俺は腰を入れない左の拳を、前に放った。
ディゴスは避けず、防御を固める。だいぶ慎重だな。
だから俺はここでさらに仕掛ける。
右のストレートで、ディゴスの顔面を狙った。
バチン、といい音が鳴った。綺麗に決まった。
「うぐ……」
ディゴスがよろめいたので、俺は一気に攻める。
シーヴとの訓練を思い出しつつ、右と左の拳を交互に繰り出す。
「はっ! でやっ! せりゃっ!」
ディゴスはガードを固めている。
チャンスだと思った俺は畳みかけるように殴り続ける。
レーアに託した作戦はあるが、まともにやって勝てるならそれに越したことはない。
だが――
目の前に火花が散った。
「ぐはっ……!?」
ディゴスの右フックが、俺の顎にぶつかった。
調子に乗って攻めすぎた。脳みそが揺れてるのか、頭がぐわんぐわんする。
さらに、打ちおろすような左が、俺の頬に命中した。
「ぐおおっ……!」
立っていられなくなり、俺は前のめりにダウンした。
「ラナイ!」
「ラナイ!」
シーヴとミカの声。
大丈夫、俺はまだやれる。
どうにか立ち上がることができた。
俺たちは殴り合いを続行する。
俺もシーヴに鍛えられ、強くなったはずだが、ディゴスは強い。
腕力もあるし、戦い慣れしている。
きっとこれまでにもスラムを守るために、何度かゼーゲルたちと戦ったことがあるのだろう。それが分かる。
俺もどうにかパンチを返すが、だんだんと押されてきている。やはりまともにやったら分が悪い。
ダメージの差が明確に出てきたので、ディゴスが声をかけてきた。
「まだ……やるのか」
俺は黙ってうなずく。
「分かった……いい根性だ。だったら全力で仕留めてやる!」
ディゴスの猛攻。
何発かはかわして、何発かはガードして、何発かは喰らってしまう。
口の中を切った。舌が血の味を感じる。
痛いし、意識が朦朧としてきた。
しかし、不思議と悪くない気分だった。
それはディゴスの十年間が伝わってくるからだ。
お前はレーアのために、スラムのみんなのために、ずっと頑張ってきたんだよな。
それが嬉しい。
だが、だからこそ――俺はどんな手を使っても、お前に勝たなきゃならない。
俺はそっと左手を上げた。これが合図。
――その瞬間、俺の体内に力が湧き上がった。
湧き上がった力をそのまま拳に乗せて振り抜く。
ディゴスのボディにヒットした。
「ぐはぁっ!」
今の感触、骨は折れていないが、内臓にも響いただろう。
俺の合図で、レーアが祈ってくれたのだ。
だから彼女一人分の信仰のパワーを得ることができた。
ただしそう長い時間は持たないから、ここぞという時に使いたかった。
ディゴスが猛ラッシュをかけて防御が疎かになっている今が、最高のチャンスだった。
これを見極めることができたのは、シーヴとの特訓のおかげだな。
ボディが効いてるらしく、ディゴスは動けない。険しい顔つきで俺を睨みつける。
すまない、ディゴス。
今度は俺の番。俺は容赦せず、雄叫びを上げ、ディゴスに拳の連打を浴びせる。
「うおおおおおおっ!!!」
だが、ディゴスは倒れない。
さっきのボディで勝負が決まっていてもおかしくないのに、まだ立っている。
凄い奴だ、お前は。だから全力で倒す!
シーヴとの特訓を経て、理想的なフォームとなった渾身の右ストレート。
これがディゴスの顔面を直撃し、そのまま彼を背中からダウンさせた。
もうレーアの祈りのパワーは乗っていないが、会心のパンチが決まった。
ディゴスは起き上がろうとする。
鼻血を出し、膝はガクガクいっているのに、俺と戦おうとする。
そんなディゴスに、俺はそっと声をかけた。
「頼む……リーダーを任せてくれないか」
これ以上ディゴスと戦いたくない。俺は心の底からそう思った。
ディゴスは傷ついた顔でニヤリと笑った。
「俺の負けだ……。お前が……リーダーだ!」
決闘は決着した。
周囲が新たなリーダーの誕生に湧き上がる。
もちろん、ディゴスの敗北にショックを受けている者もいる。
しかし、概ね歓迎してくれているようだ。
レーアが駆けつけてくる。
「ラナイさん……」
レーアは俺が勝ったカラクリを知っている。複雑な表情をしている。
「今は俺のことはいいよ。ディゴスのところに行ってあげてくれ」
「……はい!」
レーアは倒れているディゴスを介抱に向かった。
手加減する余裕はなかったので、尾を引く怪我をしてなきゃいいんだが。
そして、俺はシーヴとミカのところに行く。
二人とも、俺のやったことを見抜いていた。
「今の勝負、実力ならばディゴスの勝ちだったな」
「ああ……」
「でも、彼は強かった。ああするしかなかったわ。見事な勝利よ」
「……ありがとう」
ディゴスを見る。
レーアと何人かが駆け寄っているが、どうやら大丈夫そうだ。
というか、大丈夫じゃないと困る。ディゴスは大切な戦力なのだから。
ありがとう、というのはディゴスにも言いたかった。
ディゴスの立場からすれば、こんな決闘を受ける必要もなかったし、俺との戦いでも卑怯な手は一切使わなかった。本当に、男らしい男だった。
俺はレーアの力を借りたにもかかわらず……。
だからこそ思う。
ゼーゲルたちとの戦いは絶対に負けられない。俺は必ずスラム住民を救って、イラナミ教を在りし日の姿に戻してみせる。
ディゴス、お前との決闘は絶対無駄にはしない!
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