第10話 実は俺、神様なんです
翌朝になった。まだ少し眠たい。
今日は5の月の11日。
武神と女神――シーヴとミカが味方になったのは心強いが、あの二人も今は“人”であり、そこまで頼ることはできない。
スラム住民が勝つには、俺が信仰心でパワーアップして、奴らを撃退しなきゃならない。
だが、そのためには俺がスラムのリーダーになる必要がある。
清浄化という名の皆殺しが行われる30日までに……。
しかし、今の俺はただのスラムの新入りに過ぎない。普通にやってたら、リーダーになるなんてまず無理だ。
だから俺は、先代大神官の娘レーアに全てを打ち明けることを決めた。
彼女に全部喋って、協力を仰ぐ。
それしか思いつかなかった。
朝の炊き出しの後、俺はレーアに近づく。
「レーア!」
「なんでしょう、ラナイさん?」
「話があるんだ」
レーアはきょとんとする。
「ずいぶんかしこまって……お伺いしますけど」
「いや、できれば……というか絶対に二人きりがいいんだ。ちょっとついてきてくれないか」
「……分かりました」
レーアも俺のただならぬ様子を察してくれたようで、黙ってついてきてくれた。
人のいない一角に着き、入念に周囲を見回す。
レーアは緊張した様子だ。そりゃそうだ。男がいきなり若い女を誰もいないところに連れ込んで、何か企んでると思われても不思議じゃない。
というか、俺も緊張してきた。
神でいる時は、緊張することなんてほとんどなかった。神同士には一応の序列はあるが上下関係はないようなものだし、格上とされる神に会う時も緊張なんかしない。現に俺は先達といえる武神や女神にもフランクに接している。
まったく貴重な体験ができたもんだ。
とにかく、あまり時間をかけるのもよくない。だから俺はいきなり言うことにした。
「レーア。実は俺は……イラナミ神なんだ」
言ってしまった。もっと前置きをするべきだったかもしれないが、その前置き自体を思いつかなかった。
眼前のレーアはぽかんとしている。
そりゃそうに決まってる。俺は慌てて付け加える。
「……って言ったら、信じる?」
言いながら、信じるわけねーだろ、と思っていた。
ついこの間牢屋で会った奴が、自分が崇める宗教の神様だなんて――
「なんとなく……そうなんじゃないかな、と思ってました」
「え?」
予想外の返事だった。俺の方が驚いてしまう。
「あの時、牢屋で会った時から……本当に何となく、なんですけどね。“違う”という可能性の方が高いと思ってました。でも、何となくあなたはイラナミ神なのではないか、と思ってたんです」
マジかよ。さすがレンデルの血を引くだけのことはある。
俺の正体に勘付いていた。
勘付いてたといっても、確信は持てず、可能性1パーセント程度の「もしかしたら」ぐらいのものだったろうが。
『まるで、あなた自身がイラナミ神のような言いぐさですね』
牢屋の中でレーアは俺にこう言ったが、あれも何となく予感していたからなのだろう。
これはありがたいことだ。だとしたら話が早い。
「信じてくれるんだね」
「はい……信じます」
俺は「じゃあ……」と、レーアには全てを打ち明けることにした。
200年前フリーデ村を救ったのは俺であること、宗教を作らせたこと、そして200年経った今、“人”として降りたことを。
ここからはレーアも知っていることだから割愛したが、俺は信仰の力でパワーアップできること、そのためにはリーダーにならねばならないと明かした。
ついでにシーヴとミカも俺と同類だってことも伝えておいた。さすがにこれには気づいてなかったらしく、レーアは驚いていた。
「なるほど、リーダーですか……」
「ああ、俺が皆をまとめて、祈ってもらう。そうすれば俺はすごいパワーを発揮できて、ゼーゲルどもだって返り討ち……のはずなんだ」
今スラムはレーアやディゴスを中心にまとまってはいる。
だが、ゼーゲルの兵が押し寄せてきた時に悠長に祈れるかというと、それは難しい。
ディゴスたちは祈るどころか戦う気満々だし、怯える人だって出るだろう。
そこで俺がリーダーになって、皆に祈ってもらう、というのが俺のプランだった。
「だから君にも協力して欲しい」
「分かりました。協力しましょう」
あっさり引き受けてくれた。
スラム街の武のリーダーがディゴスとするなら、レーアは心のリーダーといえる。
彼女の協力は本当にありがたかった。
「ですが、あなたがイラナミ神であることは……黙っておいた方がいいでしょう」
「だろうね」
これは俺もそう思う。
レーアがすんなり受け入れてくれたことがそもそも奇跡なのだ。
皆に「俺がイラナミ神でーす」なんて言ったところで、誰も信じないだろうし、それどころか混乱を招くおそれもある。
ディゴスあたりは「デタラメ言うな」と激怒する姿が容易に想像できる。
そうなったらもう、スラム住民が助かる見込みはなくなる。
「となると、俺はどうすればいいかな……?」
レーアがにっこり笑う。
「やはり、身近なところから始めていくべきではないでしょうか?」
「身近なところ?」
「ひとまず、今日の炊き出しは手伝って下さい!」
そうだな、それしかない。
身近なところから始めて、信頼を勝ち取っていくしかない。
少しずつ、だけど確実に、一歩ずつ。
「じゃあ手伝わせてもらおうかな。よろしく頼むよ、レーア」
「はい、イラナミ神様!」
俺は慌てて訂正する。
「いや、今は“ラナイ”でいいよ。むしろ、そう呼ばれたいんだ」
「……分かりました。ではラナイさん、よろしくお願いします!」
***
この日の昼から、俺はレーアたちの炊き出しを手伝った。
わずかに具が入ったスープや、米やおかずを並んでいる人たちに配膳していく。
一言一言、声もかけて。
「熱いから気を付けてね~」
「美味しいよ~」
「これ食べて元気出してね!」
この声かけは好感触だったようで、「私なんかに声をかけてくれてありがとう」なんて人もいた。
“私なんか”なんてことはないのに、ちょっと涙ぐみそうになってしまう。
すると、シーヴとミカも食器を持って並んでいた。
「おい、なんでお前らまで並んでるんだよ」
「なんでって決まってるだろうが、吾輩らは今は“人”なのだ。腹が減るんだ」
「そうよ。私もずっと踊ってたし。私の踊りは今やスラムの立派な娯楽なんだから」
「分かったよ……」
シーヴとミカの食器にも米やおかずを載せてやる。
「もっと入れろ!」
シーヴが怒鳴るので、
「ワガママ言うんじゃねえ! みんな、この量で何とか生きてんだ!」
と怒鳴り返してやった。
シーヴは顔を渋くして引き下がる。
このやり取りを見て、レーアは笑っていた。彼女の笑顔を見ると俺もなんだか嬉しくなった。
その後はレーアのイラナミ教の経典読み上げを手伝わせてもらう。
俺が水害を食い止めたことに始まる神話を、俺自身が読み上げる。自分の偉業を自分で称えるみたいな構図になってる。
なんかちょっと、いやかなり、こっぱずかしい。しかし、やるからにはちゃんとやらないとな。
「川の洪水を食い止めたイラナミ神は言いました。『もうこれで大丈夫だ』と。村人たちは喜び……」
すると、聞いている人たちからこんな声が聞こえた。
「なんだか、まるで本当に神様が話してるみたい……」
鋭いな、当たりだ。
神話ってやつも、本物の神様が読むと、やっぱり何か違うものなのかな。響きとか、真実味とか。
俺の神話朗読はかなり評判がよかった。
終わった後、レーアも褒めてくれた。
「よかったですよ、ラナイさん。さすがは本物……ですね」
ウインクまでしてくれるレーアに、俺は彼女の意外な素顔を見た気がした。
大神官の血筋として真面目に健気に頑張っているが、本来はお茶目な女の子なのだろう。
こんな女の子をスラムに追いやり、処刑しようとまでしたゼーゲルたちをやはり憎らしく感じてしまう。
俺がこんな風にレーアと話したり、活躍したりすることを面白く思わない者もいた。
ディゴスだ。
俺はレーアと話している時、ディゴスの鋭い視線をずっと感じていた。
スラムの新人で、本来なら見捨てられてもおかしくなかった俺が、レーアと仲良く話している。スラムでの存在感も増している。
昔からの住民で、リーダー格のディゴスからすれば、調子に乗っていると感じるはず。
だが、実はこれは俺の狙い通りでもあった。
俺がリーダーになるには、周囲からの信頼を得ることはもちろんだが、やはりディゴスとの対立が必要だからだ。
ディゴス、俺に対してもっと怒れ。俺は心の中でこう思った。




