第1話 そういや俺を崇める宗教があるんだった
俺は神だ。天界に住んでいる。
神といっても、神々の中じゃまだまだ若く、そして未熟だ。
言ってみれば“神様見習い”みたいなもの。
今日も俺は神としての力を高めるため、修行を行う。瞑想したり、決められたポーズを取ったり、雷に撃たれてみたり……。今のペースでいけば数千年後ぐらいには一人前といっていい神になれそうだ。順調、順調。
そんな時、俺はふと思い出した。
「そういえば、宗教作ってもらってたっけなぁ~」
およそ200年前のことだ。
俺は一度神として下界に降りて、地上を見回っていたのだが、たまたま見かけた村がひどい水害に襲われていた。
神である俺にはそんなのを止めるのはたやすいことだし、止めてやったら、村人たちにものすごく感謝された。
その時、村の特に凛々しい顔をした若者にこう言われたんだ。
「あなたを崇める宗教を作りたいのですが……」
俺は喜んだ。
神様なんてのは自分の宗教ができてからが本番なんてところあるしな。
もちろん、「ぜひお願いします!」なんて言っちゃうと威厳もクソもないから、
「うむ、どうしてもというのなら……」
とだいぶもったいぶってから承諾したがね。
村人たちに授けた教えはたった三つ。
「お金に固執しないこと」
「悪いことはしないこと」
「なるべく助け合うこと」
あまり難しいこと教えても仕方ないし、こういうのはシンプルな方がいいと思ったからな。我ながら、結構いい感じじゃないか?
「この教えを守ります、神様」
「まあ、あまり無理しないようにな」
「ぜひまた下界に来て下さい」
「うむ、そうさせてもらうよ」
こうして俺は天界に戻った。
あれから200年経った。
そろそろ降臨してやってもいいかもしれない。
俺が教えを授けた若者も、いい感じに成長してることだろう。
ただし、ただ降りるんじゃ面白くない。
どうせだったら、“人”として降りて、後から正体を明かして「実は神様だったんでーす!」なんてことをやった方が面白いかもしれない。
うん、絶対面白いに決まってる。
というわけで、俺は天界の白い雲の上を歩き、下界へ繋がるゲートに向かった。
その途中、武神と女神に出くわす。
武神は全身に金属製の鎧甲冑をつけ、髭を生やした豪傑のような神で、右手にはでかい剣を持っている。その名の通り“武”を司る神でメチャクチャ強い。
女神は長い銀髪で羽衣をつけた美しい神である。“美”を司る神で、下界の女たちからは美の象徴として崇拝の対象となっている。
「どこへ行くんだ?」と武神。
「ああ、ちょっと下界に行こうと思って。“人”になってな」
「下界へ? それも“人”になって? 変わってるわね、なんで?」女神も聞いてくる。
俺はわけを話した。
話していると、二柱は笑い出した。
「ぷっ、ガハハハハハッ!」
「オホホホホホッ!」
俺は腹を立てる。
「何がおかしいんだよ!」
俺が怒ると、武神がこう返してくる。
「200年前といったが……貴様、人間の寿命がどのぐらいか知っているのか?」
「え? ええと、1000年ぐらい?」
「バカね、そんなにあるわけないでしょ! せいぜい70年、80年ってところかしら。少なくともあなたが教えを授けた人間が生きている可能性はないわね」
女神にもこう言われ、俺は愕然とする。
「なんだってえ!?」
「だから貴様は未熟なのだ」
「ぐぬぬ……」
「人間の寿命も把握してないなんて、あなたそれでも神様なの?」
「ぐぬぬ……」
悔しくても、俺は「ぐぬぬ」するしかない。何も言い返せない。
だけど、武神は俺にこう言った。
「しかし、貴様が作った宗教が残っている可能性はゼロではない。教えを授けた者の子孫や弟子が、宗教を引き継いでいる可能性もある」
「だよな! ――そうだよな!?」
女神はそれをあざ笑う。
「とっくに潰れてる可能性の方が高いと思うけどね」
「うるせえ!」
俺はそのままゲートに向かった。
天界から下界に降りるゲートは、金色の、巨大な門である。
神が下界に降りる頻度にルールらしいルールはないが、あまり頻繁に降りるのは推奨されてはいない。
そりゃそうだ。神がやたらと下界に降臨してたら、安っぽくなるし、神はあくまで人を見守る存在だからな。
だけど、俺は前回から200年経ってるし、まあいいんじゃないかな、と思う。
門をくぐろうとする俺に、武神が話しかけてきた。
「待てい。貴様は“人”として下界に降りるのだろう? 念のため、おさらいをしておけ」
そういえば色々と決まり事があるんだったな、と俺は耳を傾ける。
「まず、“人”になったらその日から30日間は神に戻れない。天界に戻ることもできん。その間に死ねば、貴様は本当に死ぬことになる」
神の状態なら、俺は首を斬られようが、胸を刺されようが、死ぬことはない。だけど、“人”になったらそうはいかない。首を斬られれば死ぬし、胸を刺されても死ぬし、頭を打つのも危ないだろう。
当然それぐらいのリスクは覚悟しなきゃならない。
「能力も人間同然になる。ただし、信仰心を力に変えることで、神とまではいかないまでもかなりのレベルの力を発揮することができる」
「信仰心?」
「人が神を信じる力だ。例えば祈られるなどすれば、貴様の中に力が湧き起こることになるだろう」
ふんふん、なるほど。
俺を信じてくれる人間がいればいるほど、俺の力は高まるってわけだ。
そうすれば、人間の状態でも百人力ぐらいの力は出せるだろう。
まあ、俺の目的は俺の宗教がどうなってるか確認して、ちょいと観光してくるだけだし、死ぬようなピンチや信仰心が必要な状況になんてなるわけがない。
「ありがとう。にしても、やけに下界に降りる時のルールに詳しいな、武神?」
俺がこう言うと、武神は口ごもる。
代わりに女神が答えてくれた。
「武神はちょくちょく下界に降りてるからねえ。確か20年ぐらい前にも降りてたはずよ」
「マジかよ!」
武神が俺から目を逸らす。
「吾輩のことはどうでもいい!」
「へいへい」
きっとちょくちょく下界に降りては、見込みのある人間に技を伝授したり、あるいは“人”として降りて人間と勝負したり、なんてことをしてるんだろうな。なかなかお茶目なところがあるじゃないか。
いよいよゲートをくぐろうとすると、女神が話しかけてくる。
「そういえば聞いてなかったわね。あなたの宗教の名前はなんて言うの? 名前ぐらいは付けてあげたんでしょ?」
その通り。俺たち神には固有の名前が存在しない。武神や女神だって通称みたいなものだ。だから俺も便宜上、とりあえずの名前を名乗って、その名前をそのまま宗教の名前にさせた。
「えーと……『イラナミ教』だ」
「イラナミ? どういう意味なの?」
「俺がまだ神様“見習い”だから、それを逆から読んだだけ……」
武神も女神も沈黙し、
「もっとマシなネーミングにせんか!」
「そうよ! せっかくの宗教なのに!」
揃ってダメ出ししてきた。
「うるせえな! 別にいいだろ!」
そして、俺はゲートに語りかける。さっさとここを出たかった。
「我は“人”として下界に降りる! その許可を与えたまえ!」
金色のゲートが光り輝き、許可が下りた。
まあ先ほども言ったように下界に降りる頻度に厳格なルールはないから、許可が下りなかったことなどないのだが。
「行ってくるがいい」
「気をつけてね~、イラナミ教の神様」
女神は最後までからかってきた。帰ってきた後もしばらくイジられそうだ。
「じゃあ、行ってくる!」
俺はゲートをくぐり、“人”となり、下界へと降りた。