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第6話

 我が主には「辺境のボス猿」と怖れられる屈強な男としての矜持というものがないのだろうか。

 筋肉に覆われた体は15歳の頃からさらにふた回りほど大きくなっているため、初対面の時以上の恐怖をライラ様に与えてしまうかもしれない。

 しかし、それがどうした。たゆまぬ鍛錬を重ねた努力の証だ。

 婚約者のためにここまでするか!?

 女装などすればさらに怖がられるだけではないか!

 そんな怒りさえ沸いてくるが、その怒りのぶつけどころがない。


 側近がそんな歯がゆい思いをしているとも知らず、マリエル様はトーニャが持って来たウィッグと布を抱きかかえていそいそと試着室へと入って行った。


 ほどなくして出てきたマリエル様の頭は、一部だけ金髪のロングヘアになっていた。どうやら頭がデカすぎてウィッグが足りなったようだ。

 おまけに、巻きスカートにしようとした布も幅が足りなかったようで、巻ききれていない状態だ。

「なんか、おかしいぞ」


 なんかじゃなくて、かなりおかしいです!


 そう言い返そうとした時、マリエル様がまた昼間のようにすっと真顔になった。

「鏡がおかしいんだ。トーニャ、試着室の鏡はいつからあの状態だ?」

 試着室に入る前とは打って変わった鋭い眼光にトーニャがひゅっと息を呑む。


「2日前に鏡を取り換えるリフォーム工事なら確かにいたしました」

 若干青ざめながらもトーニャがしっかり答える。

 

「この試着室の壁の向こう側には何がある?」

「倉庫です」

 小さく頷いたマリエル様は、トーニャに隙間に入れられるような薄い板状のものを内密に持ってくるよう指示を出した。


 待つ間に試着室に入ってみた。

 一見するとよくある普通の姿鏡のようだが、触れてみると少しガタガタと揺れる。

「試着室が狭くて偶然ひじが当たったんだ。妙なガタつきが気になってよく見たらどうも鏡の後ろの壁がくり抜かれて向こう側とつながっているようなんだ」


 真面目な表情とは裏腹に、まばらな金髪のウィッグというヴィジュアルがおぞましすぎるため無言で取り外して差し上げた。

 そこへトーニャが金属製のカネ定規を持って戻って来た。

 これなら残業している針子たちも採寸に使うのだろうと思うだけで見咎められることもないだろう。さすがベテランだ、トラブル発生時の対応もそつなくできている。


 マリエル様が受け取ったカネ定規を大きな姿鏡の横に差し込んで上下に動かすと、裏でフックが外れるようなカチャリという音がした。

 そして鏡を押すと扉のように開いてその向こう側に荷物の積まれた薄暗い倉庫があった。


「どういうことでしょう!?」

 トーニャが声を潜めながらもひどく驚いている。

 この様子から察するに、VIP用試着室の姿鏡にこのような仕掛けが施されていることを本当に知らなかったようだ。


 トーニャによれば、2日前に行われたという工事は当日の朝に突然言われ、店長のみが立ち合ったとのこと。

「鏡が割れたわけでもないのに取り換えると言われて不思議に思っていたんです。私達従業員は何も聞かされておりません。これは一体……どういうことでしょうか」

 倉庫の扉はほかに2か所あり、ひとつは店内の作業場へ、もうひとつは店の外に出られるようになっているらしい。


 有事の際の避難経路を造ったという解釈もできるが、どちらかというとこれは、試着室に入った女性をかどわかす古典的な仕掛けと言ったほうがいいだろう。

 その企みに店長が加担しているということだろうか。

 ダイアナ様も利用するVIP用の試着室だ、このまま看過するわけにはいかない。

 

「近々ここを訪れる要人の予約は?」

 マリエル様も同じことを考えていたらしい。低い声でトーニャに問う。

「今のところ、向こう2週間は入っておりません」


 予約は入っていなくても思い当たる人物ならひとりいる。

 ライラ・グラーツィ伯爵令嬢だ。

 



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