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第4話

 結局マリエル様は、家宝にした栞のお返しとして山の麓にある街の人気洋菓子店の「木の実のクッキー」を添えて返事を出した。

 その数週間後のことである。

 ライラ様から手紙が届いた。

 

 拝啓 マリエル様

 冬の足音が近づいてまいりましたね。

 そちらは王都とはちがい雪がたくさん積もるとうかがっております。

 王都はうっすら雪が積もる程度ですから、わたくしは雪だるまを作ったことがありません。

 いつかマリエル様と一緒に大きな雪だるまを作ることが夢です。


 真っ白な雪の中で、どうかマリエル様がわたくしに気づいてくださいますように。

 ライラより

 

 今回の手紙はどういうわけか2枚に分かれていた。

 1枚の便箋で収まりそうな行数であるにもかかわらずである。

 そこに少々違和感があったのだが、我が主はそんなことお構いなしだ。


「ライラ嬢と雪だるま……くっ!」

 そう言いながら目を瞑って胸を押さえている。

 どうやらまた死にかけているらしい。まったくしょうがない人だ。


 おまけに、便箋の匂いまで嗅ぎ始めたではないか。

 いよいよ変態の道へと進み始めたか……そう思った時だった。


 マリエル様がすっと真顔になった。

「カーク、アルコールランプを持ってこい」

 鋭い眼光と低い声は国境警備隊長のそれに切り替わっている。

 急に何が起こったのかわからないまま急いでアルコールランプを用意して戻った。


 マッチで火をつけたマリエル様が、余白だらけのライラ様の2枚目の便箋を炎にかざすと、驚いたことに何も書かれていなかった部分に薄茶色の文字が浮かび上がってきた。

 あぶりだし――乾燥すると無色になる果汁や花の蜜で書き、熱を加えるとその文字が浮かび上がってくるという子供だましの暗号文書だ。


 なるほど、最後の一文の「白い雪の中でわたしに気づいて」という若干不自然な内容もそういう理由だったわけか。

 マリエル様が内容と状況から察してこのことに気づいたのか、それとも便箋の匂いを嗅ぐという変態行為の延長でたまたま気づいたのか、そこはあえて聞かないことにしておこう。


 それよりも気になるのは、そのあぶりだしで書かれた内容だ。

 ただの暗号ごっこなのか、それとも――。



 浮かび上がった薄茶色の文字を読んだマリエル様の顔が一瞬にして青ざめる。

「マズい……今日は何日だ?」

「3日です」


「あと2日しかない……」

 マリエル様の手がわなわなと震え出し、便箋が滑り落ちた。


 我が主のただならぬ様子に戸惑いながらその便箋を拾い、あぶりだした文字を目で追った。



 マリエル様にお会いしたいとお父様やおじい様に何度訴えてもなかなか良い返事がもらえません。

 そこで、わたくしの一番の理解者であるお姉様がひと肌脱いでくれることになりましたのよ。

 姉の嫁ぎ先にしばらく滞在するフリをしてそちらへ遊びに行きますわ。

 もちろんごく少数の協力者を除いて家の者には内緒です。

 そちらには5日ごろ到着予定です。

 お会いできたらマリエル様に謝罪したいことがございます。

 会えますように。


 

 予定通りであれば、明後日ここにライラ様がやって来る!?

「困りましたね……」

 声が震える。


 辺境だから王都からの客人を迎える作法や準備が整わないという心配は一切ない。

 前当主夫妻、つまりマリエル様のご両親を訪ねる客人は年に数回やって来るし、なんせ王都から距離があるため予想外に早く着いてしまったとか、先触れが届いた数時間後に本人が到着してしまったという不測の事態もままあるため、モンザーク辺境伯家の使用人たちには常にその心構えと用意がある。

 

 現在隣国との紛争等はなく平和そのものであるため、仕事といえば日々の訓練と警戒のみだ。

 だからマリエル様が仕事を調整してライラ様の相手をするための時間を作るのは容易ではあるのだが……。


 こういう時に頼りになりそうなマリエル様の母、ダイアナ様は大旦那様と共に旅行中で不在だ。当主をマリエル様に譲って引退した記念の長期旅行のため、当分帰ってこない。

 そしてそんなことよりももっと大きな問題は、ついに文通相手であるマリエル様の正体が「優しいお姉様」ではなく「ボス猿」であることがバレてしまうということだ。


「マリエル様は大旦那様の旅行に同行されていて不在ということにしましょうか」

 震える手で頭を掻きむしっていたマリエル様が顔を上げる。

「いや、会えなかったとなるとライラ嬢が気の毒だ。何を謝罪したいのかは知らんが家族に嘘を吐いてまで、そんな覚悟をしてまで会いに来ようとしてくれているんだぞ。あのか弱い子が!」


 それはそうなんですけどね……。

 ボス猿と対峙する覚悟はしていないと思いますよ?


 

「こうなったら、女のフリをするしかない」

 マリエル様がとんでもないことを言い出した。

 

「無理です! 絶対に無理ですって!」

 ボス猿が女装なんてしてみろ。気色悪すぎて普段マリエル様のことを見慣れているはずのメイドの中にも卒倒者が出るかもしれない。


「いいや、そんなことはない! 諦めるな! どうにかしろっ!」

 こういう時、言い出したら聞かない頑固な性格が本当に厄介だ。

「どうにかするったって、あなた自分の体の大きさわかっているんですか? あなたに合うドレスなんてあるわけないでしょうが!」

 山を下りれば街に服飾店があるが、たったの2日でドレスを仕立てるのは無理があるだろう。

 こんな大男のドレスだなんて布がどれだけ必要なんだろうか。

 いや、そういう問題ではなく、女装したボス猿なんて絶対に見たくないっ!

 

「それでもどうにかしろ~~~っ!」

 屋敷の全ての窓が震えるような怒号が響き渡ったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ものすごく続きが気になります(;゜д゜)
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